ICT有効活用の適材適所を実践と分析で見出す――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第18回)福島県いわき市立小名浜第三小学校

(左から)日産財団常務理事の原田宏昭、下野市立祇園小学校の秋山貴子校長先生、谷田部二三子元校長、熊倉悠気先生。

 子ども1人ずつにコンピュータ端末1台をあたえ、高速大容量の通信ネットワークを整備することで学習活動の充実をはかろうとする「GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想」が運用段階へと進んでいます。授業で有効に情報通信技術(ICT:Information Communication Technology)を使って子どもたちの資質・能力を伸ばすことが、各学校での大きな課題となっています。

 GIGAスクール構想に先駆けて、タブレット端末や、各端末をつなぐシステムなどを駆使し、子どもたちの能力を伸ばすためのICTの有効な利用のしかたを追究している学校があります。福島県いわき市立小名浜第三小学校は、日産財団理科助成による研究「理科における思考力・判断力・表現力を伸ばす授業の在り方 ~タブレット端末を活用し、子どもたちの思考を可視化する実践を通して~」を通じて、子どもたちを主体的な学習に導き、思考力・判断力・表現力を伸ばしてきました。日産財団は同校の効果的なICT機器の活用などを評価し、「第8回理科教育賞」で理科教育賞を贈っています。

今回、同校の加藤満福校長先生、研究を主導した安藤知広先生、理科専科の根本美砂先生に、研究の取り組み内容について話をうかがうことができました。同時並行に起きる事象をくりかえし観察するときの動画記録の有効性や、班ごとの実験結果を端末画面に並列させることの利点など、見えてきたICTの「有効な」活用のしかたを示していただきました。

ICT活用で子どもたちの主体的な取り組みを促したい

――まず、小名浜第三小学校の特色などをうかがいます。

加藤満福校長先生(以下、敬称略) 祇小名浜第三小学校は歴史ある学校で、2024年に創立150周年を迎えます。いわき市内の住宅地に位置し、児童数は442名。地域の方々からあたたかく見守られ、コロナ禍でもさまざまなご協力のもと、学校行事などを実施することができています。

加藤満福校長先生。1986年、教員に採用される。以降、いわき市など福島県内の公立小学校で学級担任、教頭、校長をつとめる。
途中、福島県教育委員会教育事務所での勤務、いわき市教育委員会指導主事の任務もおこなう。2020年4月、いわき市立小名浜第三小学校校長に着任。

――今回の研究「理科における思考力、判断力、表現力を伸ばす授業の在り方~タブレット端末を活用し、子どもたちの思考を可視化する実践を通して~」は、どのような経緯で企画したものでしょうか。

安藤知広先生(以下、敬称略) 校長も申したように当校は住宅地にあり、自然環境に恵まれているわけではありません。そうした中で子どもたちの力をどう伸ばしていくかは長年の課題です。近年は「先生が指図をし、それに子どもたちが応じる」という場面が多く見られます。この受身的な状況を打破することが、子どもたちの思考力、判断力、表現力を伸ばすことにつながると考えました。

では、子どもたちが受身的でなく主体的に取り組むにはなにが重要か。先生の側のはたらきかけや声かけのしかたを変える必要があると考えました。その際、タブレット端末で思考を可視化するなど、ICTの利用は効果的ではないかと考えました。学習環境として足りない部分をICTツールで埋めていこうとも考えました。

安藤知広先生。2008年より福島県内の公立小学校で講師としてつとめる。
2011年より東京都内の公立小学校で福島県枠採用教員として勤務。5年間の東京での勤務を経て、2016年、小名浜第三小学校教員に赴任。

雲の動きをタイムラプス動画で示す――導入 

――具体的な研究内容についてお聞きします。授業の各段階ごとにICTを有効利用することを検討し、実践したそうですね。まず、授業の「導入」の段階では、どのようことを実践しましたか。

根本美砂先生(以下、敬称略)

5年生の「天気の変化」の単元で、子どもたちに気づきや疑問を引き起こすための事象提示において、タブレット端末のタイムラプス機能を使いました。天気が変わるのはなぜだろうの問題に対して、子どもたちは「雲の量が関係している」「風で雲が動いているから」という予想をたてました。そこで、子どもたちに「曇って動いているの?」と投げかけ、雲が動いているのかをタイムラプスで撮影しました。動画を見返すと、みるみるうちに雲が流れていくのがわかり、子どもたちから「おお!」といったよい反応を得られました。これにより子どもたちの興味を引きつけられたと思います。

 

根本美砂先生。社会人として小学校教員免許取得後、2018年、講師として採用され、同年より小名浜第三小学校で理科専科教員としてつとめる。

安藤 普段ゆっくり動いている雲をダイジェストで見ることにより、子どもたちは動きをともなう情報として実感できたのだと思います。雲が動いているということもわかり、その後の展開にもつながったと思います。


5年生理科「天気の変化」で、雲の動きをタイムラプス機能を使って記録した動画。(映像提供:いわき市立小名浜第三小学校)

過程を追っていく、何度も見る――実験・観察 

――「実験・観察」の段階では、どのようにICTツールを活用しましたか。

根本 5年生の「魚のたんじょう」で、メダカの卵を顕微鏡で観察するときに活用しました。タブレット端末を使えば、顕微鏡のレンズ越しに写真を撮影できるので、卵の成長過程を、産卵2日後、5日後と撮影していきました。それらの画像を、子どもたちがみんなで共有しあいながら観察しました。その後、ふ化してからも、メダカの稚魚たちが育っていく過程を撮影し、その画像も観察に使いました。

5年生理科「魚のたんじょう」で観察したメダカの卵と稚魚。(写真提供:いわき市立小名浜第三小学校)

――もしタブレットで撮影せずに卵の観察をするとなると、どうなっていましたか。

根本 一人ひとりに顕微鏡を覗かせて、絵を描かせていたと思います。教科書に載っている卵の写真にも注目させたかもしれません。
 今回、撮影してその画像を用いることができ、卵の画像を見ながら、ふ化して育っている稚魚の成長過程も観察できました。成長過程を追ったり戻ったりしながら画像を見比べることで「このときはもう心臓が動いている」「目ができている」といった気づきを効果的に得ることができました。

――授賞理由に、「何度でも見返す」ことを重視したことをあげています。これについて効果的だった例はありますか。

安藤 5年生の「流れる水のはたらき」では、何度も見返すことをしました。この単元では、校庭に小山をつくり、水を流して上流・中流・下流でそれぞれどのような流れ方をするか観察しました。小山づくりはそれなりに手間もかかるので、何度も小山をつくっては水を流すといったことはなかなかできません。一度で観察したいわけですが、目で観察するだけだと、1人の子が観察できるのは上流・中流・下流のいずれかのみとなります。

5年生理科「流れる水のはたらき」で撮影した、上流・中流・下流で水が流れるようす。(写真提供:いわき市立小名浜第三小学校)

一方、複数のタブレット端末を使えば、一度だけ水を流して、上流・中流・下流を同時並行で撮影できます。上流を撮る子、中流を撮る子、下流を撮る子と役割分担を決め、撮影後、それぞれが撮った動画を観察しあいました。
そして、何度も動画を見返すことで、「上流では砂山が崩れていってるね」「中流では砂が水に運ばれていく」「下流では水の幅が広がっているよ」などと気づき、侵食・運搬・堆積を観察することができました。

班ごとに異なる多様な記述を並べて示す――考察

――「考察」の段階では、ICT機器をどう活用しましたか。

根本 6年生の「植物のからだのはたらき」で、植物にデンプンをつくらせる実験をしたあとの考察で、班ごとの結果をEdutab Box(エデュタブボックス)を使って一画面で並べながら、自分の班の結果と比べました。

――それはどういったツールですか。

安藤 置くだけで複数台のタブレット端末をネットワークさせることができるツールです。当時はまだ学校内のローカルエリアネットワーク(LAN)環境が不十分だったので、役に立ちました。

6年生理科「植物のからだのはたらき」における考察のようす。一画面にすべての班の考察の記述を並べて共有した。
下は理科の授業で利用しているICT機器。(写真提供:いわき市立小名浜第三小学校)

――デンプンの実験の考察でEdutab Boxやタブレット端末などを利用したことが、どうして有効だったのですか。

根本 各班とも、ほかの班の考察も採り入れて考察を記すことができたからです。じつは、天候があまりよくなかったためか、デンプンができた班もあれば、できなかった班もありました。自分の班だけの結果から考察すると、「デンプンはできない」「なにも変わらない」という前提で話を進めてしまった班もあったろうと思います。でも、ほかの班ともつないで、結果を比べることができたので、そうしたことはありませんでした。

単元・段階ごとに可視化の効果を分析

――ICT機器を「有効に」活用することは、どの学校でも課題となっています。

加藤 ICT機器はあくまでツールですので、効果を期待できる場面に導入するということが大切だと思っています。ある月曜の朝、私が学校に行くと校庭の端の砂場に山ができていました。安藤先生の話にあった「流れる水のはたらき」の授業のため、前の日曜に先生たちが用意したものです。山はデジタルの画面内で表現するより、アナログに実物を感じるほうがよいにちがいありません。最適な方法を検討し、効果的に活用していくことが重要です。

――ICT機器を使って授業をしてきたなかで、先生たちが気づいたことはありますか。

安藤 画面内と実物とで大きさがちがいすぎるとよくないということは実感しました。
6年生の「ものの燃え方」の授業で気体検知管を使った実験をしました。検知管は値段が張ることもあり、実物を私が示して撮影し、それを子どもたちのタブレットに送信したのです。ところが、画面内の検知管は大きく写っていたため、子どもたちは反応後の色のわずかな変化を大きな変化と感じ、読みちがえてしまいました。実物を子どもたちにもあたえるべきだったと反省しています。 こうした経験を通して、単元ごとのICT利用効果の検証もしてきました。新たな有効利用法を見出しているため、年々丸や二重丸が増えています。

理科の各単元の可視化の効果の分析。ICT機器を使って対象の事象などを可視化して示すことの効果を単元ごとに検討している。
◎は顕著な効果が見られたもの。◯は効果が見られたもの。(資料提供:いわき市立小名浜第三小学校)

子どもたちの積極性の高まりを実感

――研究の取り組みを通じての成果についてはいかがですか。

安藤 子どもたちは自分の意見を積極的に言うようになったと感じています。先生に言われたことに従うだけでなく、「わたしはこう考えます」といった発言も聞かれます。思考力や判断力がついてきた現れと思います。タブレット端末の画面を通して、自分だけでなくみんながおなじものを見ているので、なにを言っているかがほかのみんなに伝わりやすいという効果もはたらいたのだと思います。
 また、自分でやってみようとする姿勢も身についてきたと思います。主体的に学ぶ力がついてきたといってよいのではないでしょうか。タブレット端末を使うことで、発問の切り替えを頻繁にできたことも、この成果につながった気がします。

根本 自分たちの考察をどうにか伝えようと、文を書くだけでなく、絵や表で表したりと、表現力の伸びは感じられました。「図で表すというやり方もあるんだ」といったような手段をみんなで共有できました。

取材日、賞状と盾の贈呈もおこなった。(左から)日産財団常務理事の原田宏昭、、加藤校長先生、いわき市教育委員会の吉田尚教育長。

――ICTツールの利用を今後もより効果的におこなっていくために、どのような点が重要と思われますか。

安藤 ICTに精通した先生もそうでない先生もいるので、使い方に差が出ないようにすることは重要と思います。端末どうしがつながらないなどのトラブルが起きたとき、すぐ対応できればよいのですが、回復できずに時間だけ過ぎてしまうときもあります。「こうなったときはこうすればよい」と先生たちで伝えあうような機会をつくれればと思っています。全般的には効果を感じられたので、今後は理科の導入段階にあたる3年生や4年生にもICTを有効に使っていきたいと考えています。

――研究成果が今後ますます生かされそうですね。

加藤 GIGAスクール構想が推進され、いわき市でもやがて1人に1台、コンピュータがあたえられるようになります。その前段階に、このような取り組みをできたのは、先生たちにとってもよい研修の機会になったと思います。
 来年度以降も、さらに効果的に利用する場面が増えていくと思います。取り組んできたことを生かしていけることによろこびがあります。