教科横断の環境教育で、未来をひらく「9つの力」を育む――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第16回)福岡県北九州市立曽根東小学校


(左から)北九州市立曽根東小学校の髙木龍太郎先生、澤野孝雄校長先生、日産財団常務理事の原田宏昭。カブトガニの標本などを展示する校内空間にて。

 学校のまわりにある自然環境は、子どもたちにとってかけがえのない学びの場になりえます。生きものの生き方や人の関わり方など、自然環境をめぐるさまざまなようすを体験的に知り、話し合ったり調べたりすることに生かせるからです。

 福岡県北九州市立曽根東小学校は、近隣に広がる干潟や、学校ちかくにあるクリークなどの自然環境を、教育の場としておおいに活用しています。同校は、2017年度からの日産財団理科教育助成による研究「主体的に学び、持続可能な社会を創造できる児童の育成を目指した環境教育」において、環境教育を教科横断的カリキュラムの中心に置き、「未来をきりひらく9つの力」とよぶ子どもたちの資質・能力の向上をはかりました。日産財団は「第8回理科教育賞」で、地域の自然環境を生かした環境教育の実践などを高く評価し、同校に理科教育賞を贈っています。

 今回、澤野孝雄校長先生と髙木龍太郎先生に、研究の経緯や実践例などを聞くことができました。子どもたちを自然環境に触れさせるための改善や工夫を重ね、さらに各教科の授業内容や発表会などに関連づけるなどして、環境学習をフル活用していることが伺えました。

環境学習で「9つの力」を育む

――はじめに曽根東小学校の立地や教育の特徴について伺います。

澤野孝雄校長先生(以下、敬称略) 曽根東小学校は、曽根干潟とよばれる北部九州最大の干潟をのぞむ地域から、その北部の旧北九州空港跡地の人口急増地域までを学区としています。児童数は500人ちかくにまで増えています。

 本校は、以前から「持続可能な開発のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)に熱心で、現在は北九州市の「SDGs(持続可能性のある開発目標)教育推進事業推進校」に指定されています。環境教育の拠点校と位置づけられてきました。


澤野孝雄校長先生。2020年度で教職歴36年目となる。学校の教諭や校長を務めるほか、北九州市教育委員会における理科担当指導主事や、市立の少年自然の家の指導主事なども歴任。また、同市の小学校理科教育研究会の副会長を務めるなど、理科教育にさまざまな形で携わる。曽根東小学校には2020年4月に赴任。

――今回の研究テーマ「主体的に学び、持続可能な社会を創造できる児童の育成を目指した環境教育」をどう設定されたのでしょうか。

髙木龍太郎先生(以下、敬称略) SDGs教育推進の趣旨には、持続可能な社会を創る担い手に必要な資質・能力を身につけさせることがあります。その達成に向け、環境教育を中心に据え、ほかの教科とも関連づけながら、「未来をきりひらくための9つの力」を身につけさせたいとの願いを込めて、この研究テーマを設定しました。


髙木龍太郎先生。2020年度で教職歴16年目。曽根東小学校は3校目の赴任。前任校ではおもに社会科の研究をしていたが、曽根東小学校に赴任してからは理科と関連づけた環境学習の研究に携わる。

――「未来をきりひらくための9つの力」とはどういったものですか。

髙木 学校教育目標に沿って育成したい力と、SDGs教育によって身につけさせたい力とを関連づけながら、設定したものです。


学校教育目標と「未来をきりひらくための9つ力」。「①感じる」ことで「②関わる」心をもち、「③よさに気付く」といったように、学習の展開ごとに新たな力を得ていくことが設計されている。(資料提供:北九州市立曽根東小学校、以下も)

――環境教育の授業カリキュラムにおける位置づけはどうなっていますか。

髙木 総合的な学習の時間の大半を使って、地域の自然環境に根ざした学習をおこないます。これを中心に教科横断型カリキュラムをつくり、理科をはじめ、国語など他教科との関連づけをしています。これにより授業全体で「9つの力」を身につけさせていきます。

澤野 理科のかぎられた時数だけでは、自然環境と生きものの関わりや、動物の生態などを深く理解するのはむずかしいところがあります。総合的な学習の時間を中心に体系的なカリキュラムを組み、時数を多くとることで、相乗的な学習効果を得ようとしています。自然の生きものを題材にした体験学習では、とくにこの効果は大きいと考えています。


教科横断的なカリキュラムの例。3年生では、総合的な学習の時間による環境学習「曽根東の宝物」(黄色)40時間を、理科(緑帯)などの他教科と関連づけている。単元ごとに「9つの力」のどれを子どもに身につけさせたいか明確化もしている。

「動物のすみか」に何度も通ってズレを解決

――環境学習と理科を関連づけた授業の実践例をお聞きします。

髙木 3年生では、理科で「動物のすみか」を学習します。これを、環境学習との関連のなかでおこないます。

 はじめに運動場などで昆虫たちを観察し、記録します。そして話しあいをして、「動物たちはいろんな場所で生きているけれど、餌を獲たり身を隠したりできる場所ということではおなじではないか」といった共通性を考えだします。

 これらの考えをもとに、学校周辺の環境でもおなじことがいえるのかを調べに、学校の外にあるクリークを訪れます。動物の生育環境の観察では、日産財団の理科教育助成で購入したデジタルカメラを使います。

 子どもたちで情報交換をしますが、すると思っていたこととの間に「ズレ」が生じてきます。このズレに対し、ふたたびクリークを訪れるなどして、子どもたちはその解消をめざします。

 たとえば、ある子がツユクサ科の植物にショウリョウバッタがいたのを見て、「ツユクサとショウリョウバッタには関わりがある」と考えました。一方、ほかの子からは「イネ科の植物にもショウリョウバッタがいたよ」という話が出ます。そこで、クリークに確かめにいくと、ツユクサの近くにイネ科のエノコログサが生えていると気づきます。「ショウリョウバッタはエノコログサを求めていたんだ」と学ぶわけです。

 こうして得られた情報や知識を、「ありがとうのつながり」とよぶウェビングマップに表現し、まとめていきます。


3年生の、総合的な学習の時間「曽根東の宝物」と、理科「動物のすみかを調べよう」を関連づけた実践。(写真提供:北九州市立曽根東小学校)

――担当の先生たちが工夫した点などはいかがでしたか。

髙木 以前は、希少種がいることもあり大浜池というやや遠くの場所まで観察に行っていました。しかし、移動に時間がかかり1、2回しか行けなかったという反省を踏まえ、何度も行ける学校ちかくのクリークを観察場所にするようにしました。これで子どもたちは、実感を伴った学習を深められたのではと思います。

――子どもたちのようすはどうでしたか。

澤野 3年生3クラスすべての授業を見ましたが、いずれも進歩が見られました。「ありがとうのつながり」を低学年の子たちに伝えるということになって目的意識が強まったり、「食べものについては青、すみかについては赤」と色分けをして情報を伝えやすくしようとしたりといったものです。

地域の比較でわがまちの素晴らしさを再認識させる

――もうひとつ、事例をご紹介いただけますか。

髙木 担任をした6年生の事例を紹介します。理科で「生物と地球環境」の学習があるので、これを総合的な学習の時間「守り続けよう 私たちの曽根干潟」と関連づけて授業しました。

 生物と地球環境、生物と水、また地球の水と空気と生物といったそれぞれの関わりを調べたあと、曽根干潟の素晴らしさを再認識するため、現地に行って調査活動をしました。とくに、つがい発見数が日本有数とされるカブトガニを題材としました。

――現地というのはどういった場所ですか。

髙木 曽根干潟に注ぐ、貫川と大野川の河口です。それぞれ訪れ、二つの地点では生きものにちがいが見られることなどの気づきを得るとともに、それぞれの川の泥を持って帰りました。

 二つの川の泥を、日産財団理科教育助成で購入した双眼実体顕微鏡で観察してみると、貫川の泥には白い砂粒が混ざっています。このことから、地質などにより生息する生きものの種類が異なってくるという気づきを導きました。

 さらに地質については、5年生理科の「流れる水のはたらき」で学習したことを思い出し、貫川のほうには花崗岩が砕かれ、これが白い豊かな砂地をつくりカブトガニの貴重な産卵場所になっていることなどにも目を向けました。花崗岩の話は、日本カブトガニを守る会の福岡支部長や地域のみなさんが運営する「カブトガニ自慢館」のメンバーの方に聞きました。

 一方で、6年生は大野川で清掃活動もしています。「カブトガニが生息する素晴らしい曽根干潟なのに、どうしてゴミが捨てられているんだろう」というズレをもとに、「曽根干潟の素晴らしさを多くの人たちに知ってもらおう」という意識を高め、PR動画づくりに結びつけました。

澤野 こうして学んだことを「環境フォーラム」とよぶ発表会で地域の方々に向けて発信しました。従来は体育館でみなさんを集めておこなっていましたが、新型コロナウイルスの影響で2020年度は体育館で発表するようすをライブ配信しました。


6年生の、総合的な学習の時間「守り続けよう 私たちの曽根干潟」と、理科「生物と地球環境」を関連づけた実践。(写真提供:北九州市立曽根東小学校)

――この6年生の授業でとくに力を入れた点はどのようなところでしたか。

髙木 子どもたちに興味をもたせることです。カブトガニが曽根干潟に多く生息していることは子どもたちも知っていました。そこで、どのくらい曽根干潟が貴重なものであるかをあらためて気づかせるため、つがい数をほかの生息地と比較して数値データで示しました。これにより子どもたちは「曽根干潟って、やっぱりすごいところなんだ!」と再認識し、その後の環境学習への興味・関心につながったと思います。

「自分ごと」としての自然環境保全

――研究活動を通じて、どのような成果を得られたでしょうか。

髙木 子どもたちにとっての大きな成果は、自然と関わるなかで、身のまわりの地域環境のことが「自分ごと」になったという点です。どの学年においても、「大切な曽根東のまちを自分たちで守っていこう」という気持ちが、地域愛とともに育まれたと思います。

 また、学びかたにも変化が見られました。はじめは、あるものごとについて「賛成」「反対」を言いあうだけでしたが、友だちの意見も合わせて「新たな考え」を見いだそうとする姿が見られました。これも、子どもたちが自然環境と出合って、自分の考えをもつようにことになったことが、大きかったのだと思います。

 私たち教員については、環境学習を軸にしたカリキュラム横断的な学習を展開し、すべての教科はつながっているのだということを実感できた点に成果があったと思います。

澤野 「曽根東の子どもたちは素直で人にやさしい」と、赴任した瞬間に感じました。総合的な学習の時間、理科、各教科を通じて自然に包まれ触れあうことで、この地域のことを好きになり、誇りに思えるようになっているのだろうと思います。私はかねてから「心やさしい科学の子」を自分の教育テーマにしてきましたが、子どもたちにその姿が映っているような気がします。

 先生たちにもよい影響があったと思います。総合的な学習の時間は「この子たちにはこんな授業をしよう」とボトムアップで授業を積みあげるものです。その点、先生たちに、子どもの思考を可視化ツールで引きだしたり、日ごろから新たなことに触れると教科指導にも生かせないかと考えたりする姿が見られます。

まちへの誇りを発信していく


曽根東小学校周辺の環境。(上)学校のすぐ脇にあるクリーク。(下左)貫川河口の曽根干潟。(下右)学校内に保管されているカブトガニの脱皮殻。

――今回の研究活動などで積みかさねてきた環境教育の実践の蓄積を、今後どう生かしていきたいと考えていますか。

髙木 教員は入れかわりますので、研究成果の継承は大切です。そのため実践記録をまとめているところですが、「ここがよかった」という成果の面とおなじぐらい「もっとこうすべき」という課題の面も、ありのままに残すことが大事になると思っています。一人ひとりの先生が成果と課題を残していくことが、未来の先生たちの新しい環境教育づくりの礎になるのだと思います。

澤野 子どもたちには、曽根干潟を起点にして、北九州にはたくさんの自然があることを知ってほしい。環境都市としての北九州市を誇りにしていってほしいと思います。GIGAスクール構想により、Wifi環境が整備されるなどし、子どもたちが学びの成果を発信しやすくなってきてもいます。自分たちのまちへの誇りを、北九州への誇りに広め、それを日本や世界に発信していくことまで実現できればと考えています。