子どもも先生も「ものづくり」で楽しく学び、育つ――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第15回)栃木県下野市立祇園小学校


右から、祇園小学校で教頭・校長をつとめた梶原和子先生と、学習指導主任などをつとめた高橋美恵子先生。

 ものをつくるときは、思考すること、表現すること、技能を使うこと、さまざまな力が求められます。みなさんも、学校時代の図画工作や家庭科などの授業、夏休みの自由研究、また大人になってからの趣味の工作などで実感があるのではないでしょうか。

 こうした「ものづくり」がもたらす教育効果を見いだし、「ものづくりの学習」を通じて子どもたちのさまざまな能力を伸ばすことを実践した取り組みがあります。栃木県下野市立祇園小学校は、日産財団の理科教育助成を活用し、2013年から2014年にかけて「ものづくりの学習を通して、自らの力で判断し表現する力を育成する」というテーマで研究に取り組みました。1年生から6年生までの、生活科、図画工作科、理科の各教科の授業に、ものづくりの要素を取り入れ、楽しみながら、思考力、表現力、技能などを育成していったといいます。日産財団は、2015年の「第3回理科教育賞」で、同校のこの研究に対し「大賞」を贈っています。

 今回、私たちはこの取り組みを主導されていた梶原和子先生と高橋美恵子先生に、お話をうかがう機会を得ました。道具や材料をふんだんに揃えて、子どもたちに自由に楽しくものづくりをさせたことや、それにより思考力、表現力、技能の向上を導いたこと、また、先生たちも自ら「ものづくり」を学び、子どもたちと同様の体験や思いを得たことなど、示唆に富むさまざまなお話をうかがえました。「ものづくりの学習」を学校教育に効果的に取り入れるためのヒントが詰まったお話を、ぜひお聞きください。
(※「祇園小学校」の「祇」は「ネ」に「氏」です)

手や身体を動かすことによる力も伸ばしたい

――梶原先生は、祇園小学校に着任され、はじめに教頭をつとめ、その後、校長をつとめられたと聞きます。2014年から2018年まで祇園小学校にいらっしゃったそうですが、その期間の子どもたちの状況をどう見ていましたか。

梶原和子先生(以下、敬称略) 当時の祇園小の子どもたちは、どちらかというと頭を使うことが先行するタイプの子が多かったと思います。学校での勉強は得意ですが、たとえば道具を使えないといった、経験不足からくる生活力の課題は感じていました。DIY(日曜大工)がさかんな家庭が多いわけでもなく、手を動かしてなにかをするといった習慣はあまりありませんでした。


梶原和子校長先生。栃木県内の公立中学校で理科の教諭を務めた後、栃木県教育委員会での職をつとめたあと、祇園小学校へ。2014年4月から2015年3月まで同校の教頭、2015年4月から2018年3月まで校長をつとめる。2018年4月から下野市立古山小学校の校長に就任。

――高橋先生は、さらに2年前の2012年に祇園小学校にご着任され、学級担任や学習指導主任をつとめられたと聞きます。子どもたちの学習姿勢や生活態度などを、どう捉えていましたか。

高橋美恵子先生(以下、敬称略) 梶原先生のおっしゃるとおり、学力の高い子が多く、栃木県版学力テストなどでも「平均点を上げているのは祇園小学校」と言われるほどでした。授業でも、子どもたちはむずかしい問題を出されるのが好きな様子でした。

 その反面、家庭科、図画工作科、体育科、それに理科といった、手や身体を動かす授業となると「あれれ」という感じで、経験不足や困難を避ける傾向が見られました。「こうした部分が伸びたら、さらに祇園小の子どもたちの学力は高まるのに」と、先生たちで話していました。

 そうした意識を強くもっておられたのが、2018年まで祇園小の校長だった阿嶋敬一先生でした。阿嶋先生は、日産財団の理科教育助成をご存知で、当時、学校の学習指導主任だった私に「こういう助成制度があるけれど、やってみませんか」とお声がけされました。それで「助成していただければありがたい」と思い、申請書を出し、助成を受けることになりました。


高橋美恵子先生。2010年4月から2016年3月まで祇園小学校で学級担任のほか学習指導主任・教務主任をつとめる。その後2016年4月から2018年3月まで下野市立石橋小学校で教頭をつとめ、2018年4月から下野市立緑小学校の校長に就任。

道具と材料をふんだんに揃える

――高橋先生が言われたとおり、祇園小学校は日産財団理科教育助成を活用し、「ものづくりの学習を通して、自らの力で判断し表現する力を育成する」というテーマで研究をされました。「ものづくりの学習」に、どのような意義を感じていたのでしょうか。

梶原 ものをつくるには、イメージし、設計する力、さらに知識や技術といった、さまざまな力が必要です。行き当たりばったりでは、ものづくりはできません。理科と技術科を専門とされている阿嶋校長先生とも相談し、「ものづくりを通して教育をおこなえば、思考力、さらに技能や表現力、また知識と関心が高まるのではないか」と、方向性が見えてきました。

――研究のデザインとして、1〜2年生は生活科、3〜4年生は図画工作科、そして5〜6年生は理科と、学年進行型で「ものづくりの学習」を取り入れたのですね。

高橋 はい。当初は、生活科と理科のつながりを考えましたが、「ものづくり」の視点を考えると、やはり「図工も外せない」となりました。そこで2学年ずつ、生活科、図画工作科、理科の各授業で、ものづくりの要素を取り入れることにしたのです。

――研究全体を通して、心がけたことはどういったことでしたか。

梶原 子どもたちに道具や材料を、とにかく自由に選択させるということです。「失敗したらいけない」とか「こんなに使ってもったいない」とかいった考えに陥ることないよう、惜しみなく選ばせました。それが、判断力、表現力、技能の向上につながると考えたからです。理科教育助成の助成金でたくさん道具や材料を揃えられたため、実現できたことです。


授業研究で揃えた道具と材料。(上左から)生活科、図画工作科、理科での道具。(下左から)授業で用いた材料。どんぐりからコイルまで多岐にわたる。量も豊富。(写真提供:下野市立祇園小学校)

なんでも、おおいにやらせる――生活科より

――では、生活科、図画工作科、理科の各教科における「ものづくりの学習」を通じての教育事例をうかがっていきます。まず、生活科についてはいかがですか。

高橋 2年生の「おもちゃをつくってあそぼう」の授業が強く印象にあります。学校で購入して揃えたものだけでなく、家からももってこられるものまで含めて材料にし、「なんでも使っていいよ」ということで、動くおもちゃをづくりをしていきました。

 道具についても、ほかの子が使っているのを待たずに済むよう、テープカッターやグルーガン(ホットボンド)などもたくさん揃えました。

 それに、「1人で1個のおもちゃをつくる」ということも定めず、「1人でいくつもおもちゃをつくっていいんだよ」と伝えました。

――どんなところに力点を置きましたか。

高橋 低学年の生活科の段階ですので、はさみなどの基本的な道具を使う力と、自分の考えたものを形にする力を引き出すことが中心でしたね。

梶原 低学年の生活科ですので、定理のようなものは子どもたちには求めません。自分のイメージを膨らませて、飾りつけでもなんでもおおいにやらせることが基本でした。


2年生活科「うごくおもちゃをつくってあそぼう」の授業の様子。(写真提供:下野市立祇園小学校)

キットに頼らず自由に表現――図画工作科より

――つぎに3、4年生の図画工作科での事例についてお聞きします。

高橋 4年生の「わくわく ひみつ木ち」の授業を挙げたいと思います。大小の木材をたくさん用意し、それらを組み立てて「ひみつ木ち」とよぶ木製の「秘密基地」をつくりました。

 こうした授業では、キットのような市販品を使うこともよくあると思います。けれども、それだと表現がかぎられてしまいます。そこで、大きなものも小さなものも含め、木材そのものを用意し、のこぎりで切ったり、金槌で釘を打ち込んだりするということにしました。ふんだんに釘を打ち込んでいる子もいました。


4年図画工作科「わくわく ひみつ木ち」での子どもたちの作品。「教室にすべて展示したときは壮観でした」と梶原先生。(写真提供:下野市立祇園小学校)

梶原 図画工作科にかぎったことではありませんが、教材キットを使うと、教科書の内容と合っていない部分もあり、かえって大変になることもあると思います。一部分しか使わないならキットは使わず、先生たちが「子どもたちにこういうことをさせたい」と考えながら一から材料を選んだほうが、授業も質もよくなると、前々から思っていました。

 一方で、キットには授業準備などの時間削減になる面もあります。「キットを使うほうがより効果が高まる」という場面があれば、そこは柔軟にキットを使えばよいのだと思います。

――木材をのこぎりで切るといった作業では、安全面も大切になってきそうですが、どのように子どもたちに指導したのですか。

高橋 たとえばのこぎりを使うときには「のこぎり安全3かじょう」という巻物を黒板に貼りだして、子どもたちに安全面で注意すべき点を伝えました。のこぎりだけでなく、さまざまな道具の留意点を、それぞれ「3かじょう」にして伝えました。


(上左)「のこぎり安全3かじょう」でのこぎりの安全な使い方を確認させる。(上右)阿嶋校長先生(当時)が自ら、スクリーンにも映しながらのこぎりの使い方を演示もした。(下)「安全3かじょう」を守ってのこぎりを使う子どもたち。(写真提供:下野市立祇園小学校)

手を動かして知識を身につける――理科より

――では、5、6年生の理科の授業で「ものづくりの学習」を取り入れた事例をうかがいます。

高橋 5年の「電磁石のはたらき」では、電磁石を用いた「釣り竿」をつくって「魚釣りゲーム」をし、電磁石によって魚が釣れるしくみについて考えさせるようにしました。こちらも、キットでなくエナメル線などの原材料から釣り竿をつくっていきました。コイルの太さや種類などによって電磁石の強さが変わるかどうかを確かめるために、いろんな線を用意しました。

 子どもたちはエナメル線を密に巻けば巻くほど電磁石が強力になることを知り、「最強の電磁石」をつくるため、みんな時間さえあれば夢中になってエナメル線を巻いていましたね。

梶原 「魚釣りゲーム」は教科書にも載っているものですが、それをアレンジして、阿嶋校長先生のお顔写真をつけた魚をつくったり、私の顔写真をつけて「カジハラッコ」をつくったりと、アレンジして楽しみました。


5年理科「電磁石のはたらき」の授業の様子。(写真提供:下野市立祇園小学校)

先生たちも身体を動かして、学ぶ

――先生たちにとっても、身体や手を使った授業は、座学で教える授業にくらべて、得手不得手が生まれそうな気がします。そこで先生たちもまた、積極的に学んだそうですね。

高橋 はい。阿嶋先生にも道具や材料の使い方を多く教えていただきました。また、市の教育委員会や県の総合教育センター、また大学との連携で、ゲストティーチャーをたくさんよびました。祇園小の先生たちもまた、ゲストによる授業のなかで、「学んでいこう」という機運が高まりました。

――先生たちは研修にも積極的だったと聞きます。

高橋 ええ。祇園小を含め、下野市内の小中学校は大学とのつながりがあり、研修体制がしっかり整っていますので、先生たちも「研修メニューをつくらなければ」と負担に感じることなく「ものづくり研修」に臨めました。

 また、校内だけでなく下野市内の先生たちにも見てもらう公開授業を年に複数回おこなっていたので、それらの公開授業もこの授業研究での課題と結びつけました。

 校内では、どの学年の先生もお互いの授業を見ていますので、「図画工作科ではこんな授業をしていたな」「子どもたちはこんな様子だったな」とか、担任でない学年・教科の授業内容も把握できていました。

――先生たちはものづくりの学びを経て、どう変化していきましたか。

梶原 確実に自信がついてきたと思います。はじめは先生たち自身も「できない」ことを実感します。でも「自分がつまずくところは子どももつまずく」と考え、「自分もうまくなろうと」と努めます。そうしてものづくりがうまくなると、先生もうれしくなります。子どもたちと同じ体験を、先生たちも、楽しみながら積んでこれたと思います。


先生たちが、ものづくりについて学んでいる様子。(左)先生たちも真剣にエナメル線を巻く。(右)のこぎりの縦引き・横引きを学ぶ。(写真提供:下野市立祇園小学校)

ほかの子にものづくりを教える姿も

――研究の取り組みの成果についてお聞きします。ものづくりの学習を通じて、子どもたちにはどんな変化がありましたか。とくに、ねらいとしてあった「思考力」「表現力」「技能」の向上についてはいかがでしたか。

梶原 思考力という点では、子どもたちはよく考えて、ていねいに実験などに臨むようにもなったと思います。たとえ失敗しても「これで終わりではない」と考え、なぜ失敗したのかの原因までも考えるようになりました。大きな変化だと思います。

 表現力についても、たとえば理科では実験結果からの考察を、絵や図やキーワードを用いて表現できるようになっていきました。それにともない「電磁石のはたらき」などの単元での学年全体の理解度も高まりました。

高橋 技能については、自ら、道具の使い方などを身につけることができたのはもちろんそれだけでなく、友だちに対して、また他学年の子に対して「はさみをこう持つと紙をうまく切れるよ」といったように、使い方を教える姿までも見られるようになりました。いままでにはなかった姿です。


多くの先生はすでに祇園小学校から異動しているが、研究をしようという思いは「いまも各先生に、また祇園小学校でもつながっている」と両先生。

物怖じせず、できないことをおそれず

――「ものづくりの学習」を通じての授業を振りかえられて、同様の取り組みをしようとしている他校の先生たちにメッセージをお願いします。

高橋 「先生たちが技能を磨く」というところは、ぜひ物怖じせずにやっていただきたいと思います。そこでの先生たちの成長は、かならず子どもたちの成長に返ってきますから。私も、この研究の前は、どちらかというと理科の授業は苦手なほうでしたが、この授業研究で実験用具も怖がらずに扱えるようになり、理科が好きになりました。

梶原 ぜひ先生たちは「できない」ということをおそれないでいただきたいと思います。教師自身が、苦手なことは「苦手だ」と意識して、子どもたちといっしょに、身体や手を動かしながら学んでいくことが大切だと思います。

 ものづくりは、作品や実験の結果に表れますので、子どもたちの成長が一目でわかります。課題解決学習やアクティブラーニングのことで悩んでいたら、ものづくりを通じた学習をぜひされるとよいと思います。