進路の可能性の広い中学生たちに「理系への入口」を示す--リカジョ育成賞受賞者に聞く 北九州市立大学 国際環境工学部

第4回日産財団リカジョ育成賞 グランプリ

「世界に羽ばたけ! 北九州サイエンスガールプロジェクト」

インタビュー:北九州市立大学 国際環境工学部准教授 木原隆典さん
(実施日:2021年9月7日)

子どもたちが理系進路を選択する上では、理系の魅力や自分の活躍を感じさせるようなイベントや体験活動の機会は重要となります。明確な進路が固まっていない中学生までの段階では、そのことがより当てはまるのではないでしょうか。

こうしたことを着眼点に、女子中学生を対象の中心とした各種イベントを実施し、女子中学生の理系に対する興味を確実に高めているプロジェクトがあります。北九州市立大学国際環境工学部の「世界に羽ばたけ! 北九州サイエンスガールプロジェクト」では、出張講義、実験授業、サイエンスカフェなどを通じて、市内の女子中学生たちに「理系の入口」となる経験を提供しています。この取り組みに対して、日産財団は2021年、第4回リカジョ育成賞において、グランプリを贈りました。

プロジェクトを代表して、国際環境工学部准教授の木原隆典さんにお話を伺いました。中学生に理系の魅力を訴えることの大切さのほかにも、「始めてみると楽しさがついてくる」「告知は物量作戦が効果的」など、経験を踏まえての実感も聞くことができました。

進路の固まっていない中学生を対象の中心に

――「世界に羽ばたけ!北九州サイエンスガールプロジェクト」を実施するにあたり、木原先生たちがもっていた課題意識はどういったものでしたか。

木原隆典准教授(以下、敬称略) 「女性が理系にもっと入ってきて学べるような環境があるといいな」と、北九州市立大学に着任してから思っていました。

以前から、小中学生向けに実験教室を開くと、女子の参加者が多く、興味をもって取り組んでいる様子でした。しかし、一方で大学では特に工学系などの学部を中心に、男性の比率が高くなっています。ここに差異を感じていました。

北九州市立大学国際環境工学部環境生命工学科の木原隆典准教授。同大学には2013年に准教授として着任。博士(学術)。「大学の授業を受けているなかで、勉強しているとおもしろくなってきて、最終的に生命科学への進路を選びました」

――特に、プロジェクトでは、中学生の女子生徒を対象の中心に位置づけていたと聞きます。その意図はどういったものですか。

木原 女性の理系進学の裾野を広げるには、若い年齢層に接することが重要ではと考えたのです。高校生となると、入学に興味をもつ大学が偏差値により固まってしまいます。すると、広い対象に向けて理系進路の話題や情報を提供することが難しくなります。

文理選択があったり、「自分はこの進路だから話を聞く」「この進路でないから興味がわかない」といった利害関係が生じたりする高校生よりも前の中学生の段階で理系に興味をもってもらわないと、理系進学の女性が増えないという実感がありました。

――より年齢層の低い小学生は視野に入れていなかったのですか。

木原 小学生たちに対してもアプローチを検討はしました。しかし、小学生に話題や情報を提供するのは、大学としては少し難しさがあります。小学生たちは正直で、授業をしても5分で、おもしろいかつまらないかの反応が表情に現れてしまいます。

科目も分かれて、理科の学びが本格的になる中学生ぐらいの年代に興味をもってもらえれば、自分たちとしてもいいなと考えました。

始めてみることで楽しさがついてくる

――新たなプロジェクトを立ち上げるのは大変なことでしょうが、木原さんやみなさんのなかで「よしやるぞ」といった盛り上がりのようなものがあったのでしょうか。

木原 実際、なにかイベントを企画するのは、協力してもらう人も多くて、大変なことだとは思います。けれども、なにかをやらないと、自分たちも変わらないといった思いもありました。

理系女子を増やすことを使命とするような組織があれば、その組織が旗を振ってプロジェクトを進めるのでしょう。けれども、私たちは小規模で、そうした組織をもっていません。国際環境工学部のだれかが始めないとなにも始まらないといったなかで、話の流れでたまたま皆で、科学技術新機構(JST)の「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」の申請書を書くことになったのです。

「始めようかどうしようか」と考えている方は、とりあえずどのようなプロジェクトでも始めてみるのもよいのではないでしょうか。やっていったら楽しさや良い面も感じてくるでしょうし。外部から認めてもらい、支援してもらうきっかけにもなります。

事務担当者がプロジェクトの体制づくりに奔走

――プロジェクトを実施するにあたり、北九州市の教育委員会と女性活躍推進課、それに、民間企業のシャボン玉石けん、安川電機、九州電力配送電との協力体制を組んだといいます。経緯はどういったものでしたか。

木原 JSTのプログラムでは、中学校・高校で催しものを実施する際は、教育委員会も参画することが条件でした。教育委員会と北九州市立大学は北九州市という行政機関のもとで連携があるので、大学の事務を通して教育委員会に連絡しました。女性活躍推進課とも連携があり、特に事務職員のレベルで交流があります。私たち教員が大学事務のみなさんとタッグを組んだから、こうした連携や協力の体制を築けたものと思っています。

民間企業については、内閣府男女共同参画局が実施している「理工チャレンジ(リコチャレ)」に積極的に参加しているところに声がけをしました。


プロジェクトの実施体制。(資料提供:北九州市立大学)

理系に興味のない子にも入口の機会をあたえてみる

――ではここからは、「世界に羽ばたけ!北九州サイエンスガールプロジェクト」の具体的な取り組みについてお聞きします。「出張講義」「実験・ものづくり体験」「サイエンスカフェ・講演会」という3つの柱があるそうですが、まず「出張講義」については。

木原 出張講義は、中学校におけるキャリア教育の一環で、授業に私どもをよんでいただき、講義させていただく企画です。毎回、国際環境工学部の教員のだれか1人が講義に出向き、理系の入口として興味をもってもらえそうな話を生徒たちにしています。余裕があれば、大学での女子学生の生活ぶりなどの話もします。講義に付随して大学生との座談会の時間も設けています。

出張講義は、理系に興味がある子もない子も講義を受けてもらえます。この点は、理系進学の裾野を広げるという点では大切です。

――「実験・ものづくり体験」はいかがですか。

木原 実験・ものづくり体験は、より少人数の参加者で体験することを重視した企画です。参加生徒の人数が多いときは、2個とか5個とかの内容を並行するときもあります。国際環境工学部には5学科(エネルギー循環化学科、機械システム工学科、情報システム工学科、建築デザイン学科、環境生命工学科)がありますが、全学科で協力して教員を出すなどしています。

人気のある内容としては、建築デザイン学科の先生による「パスタを使って構造物をつくる」といったものがあります。どこに梁を入れると、強度が高まるかといったことを、生徒たちが手を動かして確かめます。

――もうひとつの「サイエンスカフェ・講演会」はいかがですか。

木原 「Science Cafe @北九大公開講座」として、公開講座のなかでサイエンスカフェや講演会を開催しています。教員が人工知能や心理物理実験の講演をしたり、協力企業のシャボン玉石けんの方に講演をしていただいたりしています。

これらの取り組みは、多くの方が協力してくれることで成り立っています。協力者が多いほど、一人にかかる負担は軽くなります。接する機会を多くもつことで、「次もやっていいよ」と言ってくれる人が増えてきました。


プロジェクトでの実際の活動のようす。2019年4月から2020年10月までで、イベント回数は計32回、参加者は女子中学生449人、女子中高生全体では895人となった。(写真提供:北九州市立大学)

メディアによる積極的な周知も

――ホームページやPR冊子、またYouTubeチャンネルやインスタグラムなど、各種メディアでプロジェクトの成果やおしらせを周知することも積極的ですね。

木原 はい。JSTのプログラムで他の実施者が素晴らしい冊子をつくっているのを見て、模倣させてもらいました。報告書のようなものをつくろうと考えていましたが、中学生に直接的に訴えかける冊子をつくりました。教員が「理系の大学生活」や「研究室へのいざない」といったエッセイを書いています。

YouTubeやインスタグラムなどは、プロジェクト2年目の2020年度、コロナ禍で対面活動ができなくなったため新しい試みとして始めたものです。


各種メディアを用いた広報・成果の普及活動。(画像提供:北九州市立大学)

紙の案内による物量作戦が集客増に

――これまでを振り返ってみて、課題を解決・克服したようなことはあったでしょうか。

木原 参加者が集まらないという課題がありました。

初年度の2019年度は、特にサイエンス・カフェで思ったより参加者が集まらず、国際環境工学部のあるひびきのキャンパスよりも、人口の多い小倉北区の会場で開けばいいだろうと思い実施しましたが、それでも集まりませんでした。

そこで、2年目は、より多くの人に参加してもらえるよう公開講座にし、北九州市の「市政だより」でも告知するなどしたら、コロナ禍で収容人数が限られたこともありますが、参加者を抽選で選ばせていただくくらいの状況となりました。

2年目は、北九州市内の中学校全校にも案内の紙を配布しました。いわば物量作戦ですが、紙なので家で保護者の方が目にとめる機会も多かったものと思います。北九州市ぐらいの規模感が、告知活動にはほどよいというのもあるかもしれません。

――プロジェクトを通しての、参加者たちからの反響はどういったものですか。

木原 一様に、みなさんによろこんでいただけていると思います。

出張講義に参加した女子中学生の進路希望を事前にとったところ、「文系」希望の子は29%、文系・理系を「迷っている」子は30%などでした。参加後「理系への興味・関心が高まった」と答えた方は「迷っている」子で83%、「文系」希望の子でも72%と高いものでした。

築いた「枠組み」を大切にしていきたい

――「北九州サイエンスガールプロジェクト」は2021年度で3年目を迎えました。今後の展開をどのように捉えていますか。

木原 JSTのプログラムによる支援が、国際環境工学部向けとしては2020年度で終了となりました。予算は減ってしまいますが、これまでの実施期間で大学側が活動を評価してくれた面はあります。学部の特徴的な取り組みとして捉えてくれて、いまも継続的に各イベントをサポートしてもらっています。また、文部科学省科学研究費助成事業の「『物質共生』マテリアル・シンバイオシスのための生命物理化学」からも支援をいただいています。

企業との連携も含め、この2年間で「枠組み」ができたので、これを大切に保っていければと思っています。なにもない状態から立ち上げたのは大変でしたが、形ができました。立ち上げ時にくらべれば、今後の継続には資金や労力はかからないと思っています。

今後は、より積極的なオンライン利用コンテンツの充実が課題としてあります。ライブ配信で、実験のようすを伝えたり、理系の豆知識を伝えたりといったことをすれば、興味をもってくれる人が現れはじめるのではと思っています。そうした接点から興味を抱き、対面イベントに参加してくれる人もいるのではないでしょうか。

現在までに築いたよいフォーマットを基本的に維持しつつ、改善できるところは改善していければと思っています。

――最後に、理系女子の育成という点で重要だと考えていることを聞かせてください。

木原 これから進路選択をする子どもたちに、進路選びのきっかけとなる機会を提供しつづけられるとよいと思います。大学での公開イベントなどは調べれば多くあることがわかるでしょうが、なかなか知る機会はありません。できるだけ、情報誌とか駅の看板広告とかで、そうした告知をして目にとめてもらう機会も増やし、参加してもらえるようにしていければと思っています。