「科学者視点」の授業で生徒の創造的な思考力を育む――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第30回)東京学芸大学附属竹早中学校


(中)東京学芸大学附属竹早中学校の馬場哲生校長。(右)同校の中込泰規先生。左は日産財団常務理事の原田宏昭。校内「Dルーム」にて。

 子どもたちに「創造的な思考力」を身につけさせるには…。これを課題としている学校・先生もおありでしょう。創造性は発見や思考の源泉になるとされ、とくに現代において大切とされる資質・能力の一つとなっています。こうしたなか、独創的な研究内容で、生徒たちに創造的な思考力を育む理科の授業を展開し、成果を上げている学校があります。東京学芸大学附属竹早中学校は、「科学者の視点」に立って問題解決をしていく授業を実践し、生徒たちの科学的な思考力と創造的な思考力の両方を身につけさせる成果を上げています。同校は理科教育助成を活用したこの研究で、第12回理科教育賞を受賞しました。研究を主導した中込泰規先生は、授業内での科学史やSTEAMの観点の導入や、評価での「科学の本質」(NOS)の観点の導入など、数々の独創的な要素を取り入れた研究内容を紹介します。校長の馬場哲生先生は、他教科との融合的な研究の可能性や企業との連携による新たな取り組みへの抱負を述べます。

「主体性」を重視する国立大学附属の中学校

――竹早中学校についてご紹介いただけますか。

馬場哲生校長先生(以下、敬称略) 当校は、国立東京学芸大学の附属校であり、教育実践はもとより、教育研究をミッションの一つとしています。大学から教育実習生を多く受け入れてもいます。また、生徒たちの主体的な学びを重視しており、修学旅行や運動会などでは教員は生徒たちの後押し役になります。主体性を育む教育を学校全体の研究の大きなテーマとしています。


馬場哲生校長先生。東京学芸大学教職大学院(英語教育学)教授。1998(平成10)年、同大学に赴任。教育学部で助教授、准教授、教授として大学生を指導してきたが、2019(平成31)年度、同大学の教職大学院改組により現在の教授職に。2023(令和5)年度より竹早中学校の校長を兼任。

創造的な思考を育成するため理科で「科学者の視点」を導入

――取り組まれた研究「科学技術の開発や科学理論の発見過程から創造的な思考力の育成を目指す理科学習」についてお聞きします。「創造的な思考力の育成」を主眼にされていますが、どのような意識をおもちでしたか。

中込泰規先生(以下、敬称略) いまの日本の学校での理科教育は、科学的に理論を立てれば課題を解決できることが前提となっています。しかし、実社会ではそのように解決手法を考えたとしても解決できないことはあります。科学的な理論だけだと、子どもたちは理論どおりでない結果に直面したとき、その課題を除外してしまうおそれがあります。そこで理論的だけでなく、創造的に考える力を育成することで課題解決をはかれる人を育てていこうと考えました。


中込泰規先生。2007(平成19)年度より神奈川県の公立学校教員に採用される。逗子市立の中学校で教員をつとめるとともに、横浜国立大学大学院教育学研究科修士課程で研究し、修了。2020(令和4)年度より東京学芸大学附属竹早中学校の教諭に。担当は理科。東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科の博士課程にも在籍。

――創造的に考える力を重視したのはどうしてですか。

中込 いまはVUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)の時代といわれ、私たちはこれからも先行きが不透明ななかでものごとを判断することが出てくると思います。これからの世代が、みずからで判断をし、よりよく生きていくための資質能力として創造性が大切だと考えています。今回の研究で、創造的な思考力を、「科学理論や法則を参考にしながら、独自の発想をもとにして、斬新かつ妥当な考えを、科学的な探究を通して創り出す思考力」と定義しました。この創造的な思考力は、科学的な思考力とのあいだで相互的に機能するものと考えました。

――創造的な思考力も発揮して課題解決をはかる生徒に育てていくため、どのような手だてを考えましたか。

中込 「科学者の視点」から思考することを取り入れることにしました。とくに1年生と3年生で「科学者になろうプロジェクト」と名づけ、授業を展開してきました。

 いま多くの学校では「対話的な学び」が設けられていて、生徒どうしが対話をしたり、先生の視点が加わったりしています。とはいえ、これらは学校内の資源によるもの。学校外にひんぱんに出かけられるわけでもありません。生徒や先生と異なる立場から、創造的な視点を取り入れようとするにはどうすればよいか。そこで、生徒たちが科学者になりきって、「科学者はこうやるだろう」という視点で、創造的思考力を身につけさせようとしたのです。

科学史やSTEAMの観点も取り込み授業を実践

――実践内容についてご紹介いただけますか。

中込 まず、研究期間後の例になりますが、中学1年生で、「物質とはなにか」を先哲の科学者たちの物質観に沿いながら定義していく授業をおこないました。

 古代ギリシャにおいて、万物の根源は水と考えたタレス(前624-前546)。原子であると考えたデモクリトス(前460-前370)。水・土・火・空気の4基本元素と考えたアリストテレス(前384-前322)。それに19世紀はじめ、原子における倍数比例の法則を発見した英国の化学者ジョン・ドルトン(1766-1844)。これら先哲たちの物質観について、生徒たちが「ほんとうだろうか」「証明できるだろうか」と考えをめぐらせます。そして、「物質とはこういうことだ」と仮説を立て、自分たちで方法を考えた実験をし、先哲たちと自分たちの論を戦わせ、どちらが妥当かをグループで決めます。そして、グループごとにポスターセッション的な発表をし、クラス全体での「これが妥当だろう」という考えをつくりました。

 生徒たちから「物質とは、質量をもつものである」「物質とは、粒子の組みあわせで特徴づけられるものである」といった考えが出ました。自分たちのなかに証明したいことがらがあるので、そのための実験をひたすら積み重ねていく生徒たちのようすが見られました。先生である私は、生徒たちの主体性を尊重しつつ、明らかに考えなおすほうがよいというときだけ、「先生だったらこうするかな」と伝えるぐらいにとどめました。

 また中学3年生では、研究期間中「オリジナル電池を発明する」という一連の授業をおこないました。イタリアのアレッサンドロ・ボルタ(1745-1827)が発明した最初の一次電池「ボルタ電池」と、フランスのジョルジュ・ルクランシェ(1839-1882)が発明した、いまの乾電池に近い「ルクランシェ電池」の間に、イギリスのジョン・フレデリック・ダニエル(1790-1845)が発明した「ダニエル電池」があります。生徒たちは、これら科学者がどのような思いから電池を開発したかを考えながら、先生とともにダニエル電池を基本とした、オリジナルの電池の案をまとめ、実際に電池をつくり、電池の原理を考察しました。


3年生での実践:オリジナル電池を発明する(画像提供:東京学芸大学附属竹早中学校)

――授業の実践で意識したことはありますか。

中込 紹介したような科学史の視点のほか、STEAM(Science・Technology・Engineering・Art・Mathematics)教育の視点を意識的に入れました。たとえば、「オリジナル電池を発明する」は理科の授業ですが、一定の電流を確保するには電圧などがどのくらいあればよいかを数学的な視点で計算するといったことなどです。

「科学の本質」(NOS)の要素で生徒の創造的な思考力を評価

――生徒たちが創造的な思考力を身につけたかをどう評価されましたか。

中込 「科学の本質」(NOS:Nature of Science)とよばれる科学の認識論的な知識をいかに理解したかという観点から評価することとしました。NOSには6個ほどの要素がありますが、とくに「科学研究における想像力・創造力」という要素を重視しました。ほかに、科学的な思考力と関連する「観察と解釈」「科学研究における手法」の要素も考慮しました。これらの要素の重要性を、生徒たちがいかに理解しているかを測定することにより評価したのです。

――評価の結果はいかがでしたか。

中込 「科学研究における想像力・創造力」の要素や、「科学研究における手法」の要素で、生徒たちの理解が深まっていることを、生徒たちの振り返りの記述から分析できました。たとえば中学3年生から「論理的に考えるだけでなく、斬新的なアイデアは創造的に考えることで生まれる」といった旨の記述が見られ、構築した考えをもとに創造的に思考していたものと考えられます。


NOSの理解を評価する質問紙と生徒の記述例。質問紙は、中山萌絵・小倉康(2020)「科学の本質(Nature of Science)の理解を育む小学校理科授業の開発」を参考にしたもの。(画像提供:東京学芸大学附属竹早中学校)

――日本でのNOSの概念の普及ぶりをどう見ていますか。

中込 海外に比べて注目されていないと思います。NOSなどを通じて「科学的探究をなぜするのか」を考えたうえで、科学的探究をしていくことが重要と思っています。

――ほかにも生徒たちの変化や成長は見られますか。

中込 実験に失敗し、「だったらこう変えてみよう」と自然に考えられているのは、生徒たちが科学的に探究をできているなと思うところです。それは機器の使い方の失敗でなく、立てた仮説に基づいた失敗も含むものです。

馬場 生徒たちのそうした経験は、美術や技術など他教科との融合のなかでも活かされるものかもしれません。たとえば、生徒たちが表現したいことをしようとしてうまくいかないとき、理科の物質などの知識を用いて、「なにがいけなかったか」「だったらこう変えてみよう」と考えることで前進することができる気がします。

研究をさらに発展させていく

――ご紹介いただいたような、「先生が研究を取り組む」環境や風土が学校にあるのでしょうか。

馬場 当校では、研究面でも授業面でも、先生たちがみずからボトムアップ的に課題を設定する状況にあります。冒頭、「主体的に学ぶことを重視」していると述べましたが、これは先生たちにもいえることです。先生たちの裁量の自由度が高いなか、中込先生がしているような研究が生まれてきます。

――今後の抱負をお聞きします。

中込 今回のような実践的な研究を、できるだけ学校内にとどまらず学校外の環境下でもおこなっていきたいと思います。「学校での科学」と「科学者たちの科学」をさらに有機的に結びつけていければと考えています。

馬場 学校としても、先生たちの実践的なものから基礎的なものまで多様性に富んだ研究を後押しつつ、産学協同、とくに民間企業とのコラボレーションによる授業や研究をより展開していければと考えています。たとえば、商品開発に生徒が挑戦すれば、なによりワクワクできるでしょうし、コストの概念も身につけられると思います。外部の組織との間でウィンウィンの関係性を築いていき、その成果を子どもたちに還元していければと思います。