SDGs時代の問題解決力を「日常とのブリッジング」で育てる――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第20回)神奈川県横浜市立南本宿小学校

(左から)横浜市立南本宿小学校の朝倉慶顕先生、⻄尾琢郎校長先生。

「持続可能な開発のための教育」(ESD:Education for Sustainable Development)が学校教育のキーワードの一つとなっています。文部科学省はESDを「持続可能な社会の創り手を育む教育」とし、諮問機関の中央教育審議会も小学校で2020年度から導入された学習指導要領の「全体において基盤となる理念」としています。

 ESDや、その基本的考え方となる「持続可能な開発目標」(SDGs:Sustainable Development Goals)をどれほど学校教育に取り入れるかは、学校によってさまざまというのが現状でしょう。

 そうした中で、教育活動の中心的な柱にESDを据える学校があります。

 横浜市立南本宿小学校は、日産財団の2017年度からの理科教育助成による研究「ESDの視点の獲得につながる、『日常』をサイクルに取り入れた問題解決学習 〜実際に環境に働きかける場面の設定を通して〜」に取り組み、各教科でどのような資質・能力を育成できるかを明確にしてカリキュラムを作成。子どもたちはESDに基づいた視点や思考を身につけていきました。この研究に対し、日産財団は「第8回 理科教育賞」で理科教育賞を贈っています。

 今回、私たちは同校を訪れ、校長の⻄尾琢郎先生と、研究を主導した朝倉慶顕先生に話を聞くことができました。ESDを学校教育の柱に据えることで、子どもたちがESDを通して視点や思考を築いていることが実感できました。

 

30年以上にわたる「教育水田活動」を礎に

――学校の地域的な特色をお聞きします。

西尾琢郎校長先生(以下、敬称略) 本校は横浜市旭区にあり、学区の多くが住宅街です。一方、区内のこども自然公園に教育用の水田があり、そこで30年以上にわたり田植えや稲刈りなどの体験を通じた「教育水田活動」をおこなっています。地元を愛する地域の方々の支援で支えられてきました。

⻄尾琢郎校長先生。出版社、ソフトウェア企業の勤務を経て、教育メディア関連の企業を創設。全国の学校を取材する中で教育への直接的貢献を志すようになり、横浜市の公立学校長募集に応募。採用される。2019年4月より南本宿小学校校長に着任。

朝倉慶顕先生(以下、敬称略) 本校では自然を大切にした学習がかねてから充実していました。教育水田活動によるところが大きいと思います。子どもたちは、自然が大好きなようすで、とてもよく生きものに触れあっています。

朝倉慶顕先生。2007年より横浜市立小学校の教諭として勤務。南本宿小学校に2013年4月に着任。授業研究ではとくに理科のほか情報教育にも力を入れ、横浜市小学校情報教育研究会の研究部長をつとめる。

 

ESDを中心に据えた年間計画を策定

――研究テーマ「ESDの視点の獲得につながる、『日常』をサイクルに取り入れた問題解決学習 〜実際に環境に働きかける場面の設定を通して〜」について伺います。このテーマをどう設定しましたか。

朝倉 価値のある教育水田活動で水田そのものに目が向いていましたが、さらに生きものなどにも目が向くことで、活動の深みや広がりができるのではと、学校内で話しあっていました。水田とともに周囲の豊かな自然までも学習に生かす方法はないかと考えるようになりました。

――持続可能な開発のための教育(ESD)の視点の獲得を取り入れようとしたねらいはどういったものでしたか。

朝倉 小学校で2020年度から実施された新たな学習指導要領では、計画・策定段階から育む資質・能力の一環で「持続可能な社会の創造に貢献する力」が話題になっていました。子どもたちの未来を見据え、各教科での個々の力だけでなく、それらをつなげる力を身につけさせなければと考えたとき、本校の強みを生かせる方法はESDだろうということで方向性が定まりました。

――どのように、ESDの要素を従来の授業に組み込んでいったのですか。

朝倉 研究の初年度にまずおこなったのが、ESDに関連する目あての設定でした。校内に立ち上げた研究部の先生たちが中心となり、低中高の各学年ごとに目あてを考え定めました。

 この1年間は、整ったカリキュラムでなくてもよいので、ESDの目あてを意識して、授業の実践を積み重ねていくことにしました。

 そして初年度末に、「持続可能な社会の創造に貢献する力」を資質・能力に細分化したものをもとに、1年間してきた活動がどの目標に紐づくか、検討しました。「ESDに関わる資質・能力を、どの教科のどの単元で身につけられるか」という発想で考えたのです。

 次の1年間では、そのESDに関わる資質・能力を、今度はカリキュラムの中心に置き、前年度の実践を踏まえつつ、実践していくことにしたのです。ステップアップをはかりました。

ESDの授業への組み込みの道のり。(資料提供:横浜市立南本宿小学校)

――各教科の単元を、ESDに関わる資質・能力と紐づけるのは大変ではありませんでしたか。

朝倉 作業のむずかしさは全体的にはさほど感じませんでした。ただし、単元を入れ替えたり移動させたりする検討には時間がかかりました。単元の独立性が比較的高い理科や社会科などは、入れ替えもスムーズでした。

西尾 学習指導要領では、「何年生でこの単元を」といった指導内容が決まっていますが、朝倉先生たちはそれをESDの文脈において意味づけ・価値づけしていきました。分析的かつ理論的にこの作業をおこなえたことが大きかったと思います。

――年間指導計画に沿っておこなった授業の実践で特徴的なものを教えていただけますか。

朝倉 たとえば、2年生の生活科「ヤゴの飼育」と、本校での教育水田活動を結びつけました。「ヤゴの飼育」では、学校のプールからヤゴを採集していますが、教育水田活動で取れたイネの藁を冬のうちにプールに浮かせておきます。すると初夏に多種多様なヤゴを採れるようになります。そして、教育水田活動のまとめの日、子どもたちに「あんなにたくさんのヤゴを採れたのは、この教育水田から藁をもってきてプールに入れたからだよ。虫たちも豊かな自然を利用しているんだよ」と伝えることで、地域の自然の豊かさやおもしろさを実感できるようにしました。

 こうした、つながりをもった教え方は、年間計画を立てたからこそのものです。

教育水田活動とヤゴ採取のようす。(写真提供:横浜市立南本宿小学校)

 

日常とのブリッジングも重視

――研究の取り組みでは、学習したことの「日常とのブリッジング」を重視したと聞きますが、これはどういったことですか。

朝倉 学校から離れた場所での宿泊行事などを日常に近いものと位置づけて、子どもたちが学校でSDGsについて習ったことを日常で実践するための「疑似体験」をそうした行事でできるようにと考えました。

 たとえば、6年生は修学旅行で足尾銅山に行きましたが、事前に学校でSDGsについて考える時間を設けておきました。そして、実際に足尾銅山を訪れたとき、「この場所は、当時どういう意義があったのか」などを考えながら、銅の採掘の影響で自然には木が生えなくなった足尾の山に苗木を植えました。こうして、日常でみずからが社会問題解決の一環として自然に関わることを疑似体験する機会を設けたわけです。

 ほかにも、5年生の三浦半島での宿泊行事では、理科の「メダカの誕生」で学んだ魚の育ち方を訪れた先で確かめ、さらに生きものがどこにどのように棲んでいるかといった視点で環境とのつながりも考える機会にするなどしました。

4学年から6学年にかけての学校以外の場所での各活動。「自然と関わること」を共通の目あてとした。(写真提供:横浜市立南本宿小学校)

――「日常とのブリッジング」を意識したのはどうしてですか。

朝倉 子どもたちに「学校の教室で学んだことは学校以外でも使えるんだ」ということを身につけてほしいからです。それにより理解が深まったり、よりおもしろく感じられたりできるのではと思います。

⻄尾 学校での学びと日常生活での経験をつなげることは、とても大事なことと考えています。もちろん学習の動機づけは授業の導入部でも効果的におこなうべきですが、家で家族の方々と交わした話題なども学習の動機になるものです。先生たちも、そうしたことへの感度や意識を高めてくれています。

 

SDGsの考え方そのものを先生自身が伝える

――取材前、校舎内で子どもたちが、SDGsで掲げられている目標やその内容に関することを日常会話のように話しているのを見かけました。SDGs自体がどういうものかも、子どもたちに教えているわけですか。

朝倉 はい。SDGsについて広く深く学ぶためには、基礎的な理解が必要なので、そうした時間をとっています。子どもたちがなにかものを考えるときの手段としてSDGsを利用しているというのは、全国の学校のなかでもかなり進んでいるほうだと思います。

西尾 SDGsの17の目標を知識として子どもたちにあたえることには、おそらく賛否あると思います。私自身も校長として赴任したとき、どうだろうかと思いました。

 しかし、17の目標をあたえることで、子どもたちは「ものさし」となるようなものを手に入れることができ、それで世界を覗いてみよういう思いになっています。先生たちの指導もあり、子どもたちは場面場面で「ものさし」を使ったり使わなかったりを意識的にすることができています。

――子どもたちにSDGsの考え方を身につけさせるうえで、どんなことが重要と感じましたか。

朝倉 教師自身の体験を通じてSDGsについて伝えることは重要と感じています。私は2019年度、インドに研修に行く機会がありました。現地で写真をたくさん撮り、帰国後、教室で子どもたちに撮った写真を見せながら「この村には水道の蛇口が1個しかなかったよ」といったことを伝えました。

 子どもたちは、私の撮った写真を見てたり話を聞いたりして、SDGsのどの目標が重視されているかは国や環境によりちがうということを学んでいたようすでした。

 日ごろSDGsの学習では、「13 気候変動に具体的な対策を」「14 海の豊かさを守ろう」「15 陸の豊かさを守ろう」あたりを考えがちですが、国によっては「3 すべての人に健康と福祉を」「6 安全な水とトイレと世界中に」「2 貧困をゼロに」などが大きな目標になっているのだと学習できたと思います。

 子どもたちの理解はとても早く、さっそく「インドの人たちのために自分たちが関われることはなにか」といった課題を学習のまとめで採り入れるなどしていました。

西尾 各国が抱えている課題などの情報・知識は、資料集などにも載ってはいます。けれども、子どもたちにとっては「だれが伝える知識・情報か」も大事です。先生自身が経験したことを子どもたちに語ることの効果は、それが「自分ごと化」するという点で、大きいと思います。

 

子どもたちの思考と活動が具体的に

――研究を通じて、どんな成果を得られたと思いますか。

朝倉 子どもたちについては、自分にとっての課題がより具体的になったということが、アンケート結果からも私の実感からもいえます。子どもたちは以前は、「二酸化炭素排出量削減や自然環境保全は大事」と考えながらも、「それらに向かってなにができるだろう」と質問すると、口をつぐんでいました。けれども、実践の2年間を経て、「こまめに電気を消す」「食品ロスを減らす」といった具体的なアクションをとろうとする姿勢が現れてきました。

 こんなこともありました。SDGs委員の子が、学校の裏庭を整備しようとしていました。トカゲが棲めるよう石積みをしたり、アカガエルが生息できるよう草地を立ち入り禁止にしたりと。一方でほかの子たちは、虫を採りたくて裏庭を駆けまわっていました。そこで、彼ら・彼女らは全校的なルールをつくるため、代表委員会で裏庭の使い方を議題にしたのです。

 環境のあり方について、話し合いで解決策を考えようとしている姿は、私自身もすごいことだと思いました。

――先生たちにとっての成果はいかがですか。

朝倉 ESDを軸にして、教科と教科、また、教科と日常を結ぶ視点を得ることができたと思います。これからの時代、複数の教育の要素を有機的につなげることがさらに求められていくと思います。その点、ESDは柔軟性の高い「接着剤」になると実感しています。ESDというしっかりした軸ができたので、授業でいろいろな試みをしても、「最終的にESDに戻ってくればいいんだ」と思えるようになりました。

 SDGsは、2030年までの達成を目標とした未来に向けてのものです。先生も、子どもたちといっしょに走っていくというつもりで取り組めば、ESDに前向きになれるのではないでしょうか。

――築いてきたESDの成果を、学校として今後どう生かしていきたいと思いますか。

西尾 さまざまな協力があって実現してきたことを、いかに日常化していくかが大切と思っています。特別な行事にではなく、日々の授業や遊びや日常生活の中で、SDGsの考えが自然と出てくるようになるのが理想です。そのために日々、取り組んでいければと思います。

 

●コラム:みなさんのおもてなしに感謝

(上中段)放送室での賞状・盾の贈呈式と、準備・進行してくれた放送委員会のみなさん。(下段左)フェスティバルのようす(写真提供:横浜市立南本宿小学校)。(下段右)子どもたちの手づくりによるおみやげ袋。

 訪問日、私たちは理科教育賞の賞状・盾の贈呈もおこないました。放送室での「生中継」の準備と進行を、放送委員会のみなさんにしていただきました。常務理事の原田が先生たちに盾・賞状を渡すと、校舎のあちこちから拍手が聞こえてきました。

 当日は、教育水田活動の総まとめをする「フェスティバル」の日でもありました。各教室で、SDGsとも結びつけた発表会がおこなわれていました。

 帰り際、西尾校長先生からいただいた「おみやげ袋」は、子どもたちの手づくり。いただいたお菓子を大切に袋に入れて持ち帰りました。

 みなさん、ありがとうございました!