第6回 理科教育賞贈呈式 レポート

ここでは「第6回日産財団理科教育賞」の様子をレポートします。第5回までのこれまでの報告では伝えられなかった、贈呈式当日の雰囲気や流れ、参加者の様子などまで、皆様と共有できれば幸いです。

1.理科教育賞贈呈式開会

会場は「横浜ベイシェラトンホテル」

本日は、いよいよ「第6回 理科教育賞」の成果発表・贈呈式の日となりました。

全国的に猛暑が続いている真っ最中で、外に一歩出るだけで汗がにじんでくるような暑さです。理科教育賞贈呈式の会場は、JR横浜駅からすぐの「横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ」。ホテル内に入ると涼しくて、ほっと一息。

会場には続々と参加者が集まってきています。本日壇上に立つ発表者の方々、学校関係者、教育委員会関係者、選考委員などです。ありがたいことに、遠方から来ていただいている方も少なくありません。開始時間の13時になると、約260名の参加者が会場にそろいました。

 

【志賀理事長】

【畠山教育長】

主催者挨拶および来賓挨拶

司会が開会を宣言し、理科教育賞贈呈式の幕開けです。
はじめに、当財団理事長・志賀俊之(日産自動車 取締役)が挨拶。引き続いて、来賓の中から、今年は福島県浪江町の畠山煕一郎教育長からご挨拶をいただきました。

志賀理事長は、最近の新しいビジネス用語の中に「Observe(観察する)」という言葉が取り入れられるようになっていることについて、現場をしっかり観察することの重要性は、産業界と理科教育どちらにも通ずるものだと紹介しました。

さらに、今回はじめてリカジョ賞を創設し、授与できる喜びを語りました。全国の大学で機械工学分野の女性卒業生はわずか4.5%、応用科学や情報科学の分野を含めても10%にも満たないのが現状です。

小さい頃から理科に興味をもってほしいとの願いを込めて、第1回リカジョ賞グランプリの受賞者が本日発表されます。また、理科教育賞については、4県の代表4校による成果発表が行われ、その後開催される選考委員会で内容を選考、第3部でその結果が発表されます。いわば理科教育賞オブ・ザ・イヤーが決まるといってよいでしょう。

2.各校による成果発表

「リカジョ賞」グランプリ対象者が取り組みの成果を発表

第1部では、理科教育賞大賞候補として選ばれた4校が成果発表を行いました。発表順に概要を紹介します。

(1)浪江町立浪江中学校「自ら学ぶアクティブ・ラーニングを導入し、理科好きな生徒を育てる授業のあり方 〜ICT機器を利用した学び合いを通して〜」

【左:発表者の遠藤教諭、右:鴫原校長】

浪江中学校(福島県双葉郡)は、2011年3月に起きた東日本大震災および福島第一原子力発電所事故により避難、臨時休校を余儀なくされた学校です。

同年8月末より廃校になった学校の校舎を借りて再開。しかし、震災前には400名近くいた生徒数は大幅に減少しました(2017年度の在校生9名)。また、残った生徒も学校から遠い避難先から毎日スクールバスで通学するという状況下での学習です。

こうした生活で直接的な生活体験の機会が減少しているためか、身の回りの現象にあまり興味を示さず、理科学習に対しても苦手意識をもつ傾向がみられます。特に、実験や観察の結果を処理・分析したりレポートにまとめて発表したりする活動には消極的です。

そこで、生徒たちの理科学習への興味・関心を高めるために、自ら課題を見つけて主体的に学ぶ「アクティブ・ラーニング」を実践しつつ、それをサポートする道具として「タブレット端末をはじめとするICT機器を導入・活用」することを考えました。実践の準備として、町教育委員会にも支援してもらい、まずは校内にWiFiネットワークを構築し、生徒1人につき1台のICT機器が使用できる環境を整えました。

具体的な実践例をいくつか紹介しましょう。

①ICT機器で事象・課題を提示
 水溶液が変化する様子をくり返し再生、連続した天気図や気象衛星写真を提示

②実験・観察の道具として機器を利用
 動く対象をコマ撮り撮影するなど

③実験結果の処理・分析、情報交換や討論の活性化のために機器を利用
 ストップモーションアニメ(コマ撮りアニメ)を作成、クラウド上でワークシートを共有

取り組み結果として、生徒からは「わかりやすい」という意見が大半でした。なお、機器の操作方法に戸惑ったという意見もあり、ある程度使い慣れる必要があるようです。このように浪江中学校では、理科好きな生徒を育成することを目標に、ICT機器を活用することで生徒たちの興味・関心を高め、実験結果の分析やまとめに対する苦手意識をなくすことに取り組みました。

(2)宇都宮大学教育学部附属小学校「子ども主体で問題解決ができる理科授業」

宇都宮大学教育学部附属小学校(栃木県)では、「子ども主体」とは、自ら解決していこうとする態度=“科学的好奇心”ととらえ、自然事象に対して科学的好奇心を高める目的で、見出した問題に対して仮説を立て、検証・考察するという一連の問題解決について研究しました。この「子ども主体」の授業後には、「もう終わり?」「昼休みもやっていい?」といった声が、生徒から自然に出てきました。

実践の内容としては、次の3つがあります。

①科学的に解決したいという意欲がもてるように、問題を見出し、仮説を設定
 工夫した点:遊びやゲームの要素を取り入れる

②どのように学ぶのかを考えらえるように、教材を子ども自身が選択・決定し、自らの発想で問題解決
 工夫した点:高度で使いにくいものではなく自分たちで自在に動かせるものを選ぶ

③根拠として適した結果が得られるように、多くのデータをもとに考察し、五感で確かめられることを重視
 工夫した点:映像資料だけで終わらずモデルを自作

学年別の実践例は、3年生「風とゴムの働き、太陽とかげの動き」、5年生「電流がうみ出す力、ヒトの誕生」、6年生「大地のつくりと変化」など。成果は、問題解決を最後までやりとげようとする子や、教科書の方法だけでなく自分が考えた方法で実験を行う子が増えたこと。宇都宮大学教育学部附属小学校の発表では、パタパタくん(ゴムの力でビー玉をはじくパチンコゲーム)・トコトコくん(ねじったゴムが元に戻る力で前進するおもちゃ)の製作や、男体山の噴火モデルなど、動きを感じられる教材が印象的でした。

(3)北九州市立祝町小学校「PDCAサイクルを基盤とした自律型ロボットプログラミング学習の試み 〜理科学習で養う問題解決能力との関連性を探る〜」


【左:発表者の是澤担当者代理、右:本庄校長】

実践の目的は、「ロボットという具体物を通して楽しくプログラミングを学び、ものづくりを交えながら学習を展開する中で、子どもたちが互いに自分の考えを出し合って交流し、試行錯誤しながらよりよい考えを創造していくこと」です。

学習の過程は、4年生から6年生までを通じ3年かけて大きな1つのPDCAサイクルとして完成します。PDCAサイクルとは、P(計画)、D(実行)、C(評価)、A(改善)という4つの段階を1つのサイクルとした実践方法です。

さらに、D(実行)の段階において課題を複数用意し、PDCAの小サイクルをくり返し経験するようにします。これにより既習経験を活かすことができ、学びが深まると考えました。最後の課題として、それまでの課題を複合させたロボットコンテストを開催。目標が明確化され、意欲の継続が見込まれます。

また、1単元ごとに個人、ペア、グループと学習形態を変化させることで、各自が理解したうえで生徒間の相互の交流が活発に行われるようにしています。単元は、ロボットプログラミングの基本、デジタルセンサーの活用、アナログセンサーの活用といった具合に段階的に学んでいける構成です。

さて、2020年度から実施される新学習指導要領が注目されています。その中で新しく取り入れられる“プログラミング教育”のねらいは、プログラマーの育成ではなく、「物事を論理的に考えるプログラミング的思考を養うこと」です。そのことを踏まえ、祝町小学校の今回の取り組みでは、プログラムの出来は評価せず、子どもたちが互いに考えを出し合って交流し、試行錯誤しながらよりよい考えを創造していくことを評価しました。

 

(4)横浜市立井土ヶ谷小学校「自然を読み解く力を育てる表現と学び合い 〜つながりの中で学びを深める子ども〜」

 
【左:発表者の西田教諭、右:堤校長】

テクノロジーの発達により、子どもたちの世界にもさまざまな新しい“つながり”が生まれています。

こうした「つながりの力」は新しい価値やチャンスを生み出すことができると考え、つながりの力を教育に生かす取り組みを行っているのが、横浜市立井土ヶ谷小学校(神奈川県)です。つながりには「マクロなつながり」と「ミクロなつながり」の2つのつながりがあるという視点に立って進めています。マクロなつながりとは、学習前につながりを意識させ、学習後にどのように変わったのかを自覚するといった「広がりのあるつながり」。一方、ミクロなつながりとは、1つの授業の中で新しいつながりをつくったり、これまでのつながりを強くしたりするような「深まりのあるつながり」です。

こうして、学習中にはつながりを深め、学習前後にはつながりを広げるといった視点をもって学習のスパイラルを展開し、全体として「子どものつながりを生かす授業デザイン」を実践しています。実践事例として、3年生では「音の性質」、6年生では「水溶液の性質」などを取り上げました。

なお、井土ヶ谷小学校では、実践において、各単元で生じているつながりを図式化した「つながりの系統表」を作成しています。基本項目は、学び方・学習動機・生活経験・既習事項・他単元・他教科・科学・環境・社会・先人・教師・友達です。これらが中心点(子ども)を取り巻くように時計状に配置され、各項目をつなげる線の太さや色でつながりの関係性を表現しています。発表後の質疑応答では、「『子ども自身から問いが自発的に出てくる』。とても重要ですね。その中で先生はどういうところを意識していますか?」と選考委員が質問。それに対し、「子どもたちの考えや興味の向かう先をしっかり観察すること。それを遊びや生活につなげていくことに学校全体として取り組んでいる」と明瞭に回答されました。

 

3.ポスターセッション・投票

各校の成果発表のあと、休憩をはさんで第2部が開始されます。休憩中には、ポスターセッションの投票が行われました。エントリーしたのは、先ほど成果発表された4校以外の2015年度理科教育助成校および団体です。ホールには、各校・団体の研究成果をまとめた27件のポスターが並べられています。本日の参加者が一票ずつ投じて、最も多く票を獲得したポスターが「ポスターセッション賞」を受賞します。これは、選考委員会とはまったく別に、本日参加いただいたみなさんの投票だけで決まる賞です。自校のポスターの前でPRする先生や、その話に熱心に耳を傾ける参加者の姿もみられました。

4.講演「心とAIが変える未来社会」:瀬名秀明さん(作家)

さて、第2部は、作家の瀬名秀明さんによる講演です。瀬名さんは、東北大学大学院薬学研究科在学中に『パラサイト・イヴ』を発表。日本ホラー小説大賞を受賞して、鮮烈なデビューを飾りました。TVゲーム化された「パラサイト・イヴ」は、世界中で大ヒット。その後も、SFやバイオホラーを中心に数々の作品を世に出し活躍されています。


【講演者:作家の瀬名秀明氏】

AIに仕事を奪われる?

瀬名さんの未来感の1つは、「少数派だった人が多数派になるのが未来」というものです。たとえば、体外受精は、以前は試験官ベイビーなどと呼ばれ、気味の悪いものとして敬遠されたりしました。ところが、いまはクラスに一人ぐらいは体外受精のお子さんがいるくらい普及しています。そういう風に倫理観が変わっていくのが未来だという側面です。

ただ、人間がそれを先取って想像するのはとても難しい。なぜなら、100年先の未来ともなってくると現実味がなくなってしまい、5年、10年先、せいぜい数十年先の未来の話のほうが、人間にとって「受け入れやすいもの」だからでしょう。そんな中、未来について、いま盛んに話題となっているのが、AIが人間の知能を超える歴史的ポイント「シンギュラリティ」(技術的特異点)をいつ迎えるのかということです。

AIの発達によって最初に仕事がなくなっていくのが、「肉体労働・事務職・クリエイティブ職」と分類される中で、まずは事務職だろうと言われています。学校の先生は、事務職に入るのでしょうか?本当は看護師や教師のような仕事は、「肉体労働とクリエイティブ職が一緒になっている“ホスピタリティ職”」のようなものではないか。瀬名さんは、このもう1つの分野について、これまであまり考えられてこなかった、と指摘しました。

AIと人間の違いは何か

このような問題が生じてきた背景には、「コミュニケーションできることと、知能や生命の本質といったものが、きちんと区別されてこなかった」からかもしれません。たとえば、会話ができるペットロボットは知能が高いといえるでしょうか?また、日本経済新聞社が主催する「星新一賞」には、AIが書いた小説もノミネートでき、これまでに一次選考を突破しているというのは、興味深い事例です。小説というのはクリエイティブな仕事の最たるものだという印象がありますが、おそらくある程度のところまではAIが小説を書けるようになるでしょう。

「心は見えないけど、心遣いは見える。思いは見えないけど、思いやりは誰にでも見える」。これは、心の中は見えないけれど、“思いを伴う「行動」”なら見えるという意味です。「共感」と「感情移入」は似て非なるもの。共感はシンパシー(同調)であるのに対して、感情移入はエンパシー、つまり「自分とは違う立場の人の気持ちを考えて、どう反応すればいいかを考える能動的な力」です。

これをうまく取り入れることができれば、私たち人間の心遣いや思いやりをうまくサポートしてくれるAIを誕生させられるのではないか・・・?「今日の話の中に、今後の未来へのヒントが少しでも見つかればいいなと思います」という、作家・瀬名秀明さんのお話でした。

5.各賞発表・贈呈式

第3部は贈呈式です。ここからは各賞の発表に入ります。

リカジョ賞の発表

まず、リカジョ賞について、次の4つの学校・団体がノミネートされました。

○一般社団法人横浜すぱいす・古川三千代「プログラミング体験でロボットが活躍する未来型キャリアに命を吹き込むのは女子」

○五十嵐美樹「初等教育段階における助成の理系学習促進のための科学コミュニケーション活動」

○日本科学未来館 つながりプロジェクト「STEAM教育の実践 〜Picture Happiness on Earth プロジェクト〜」

○福島市立渡利中学校・菅野俊幸「震災からの復興と地元産の農作物の風評被害を中学生の女子力で克服する」

この中から、第1回リカジョ賞グランプリに選ばれたのは、一般社団法人横浜すぱいす・古川三千代さん、福島市立渡利中学校・菅野俊幸さん。甲乙つけがたく、同時受賞となりました。グランプリ受賞者には、賞金20万円と記念の楯が贈られます。また、準グラインプリは、同じく五十嵐美樹さん、日本科学未来館 つながりプロジェクトの同時受賞です。準グランプリ受賞者には、賞金10万円と記念の楯が贈られます(なお、日本科学未来館は賞金についてご辞退されました)。

【右:横浜すぱいす 古川氏】

右:福島市立渡利中学校 菅野氏

【右:五十嵐氏】

【右:日本科学未来館 つながりプロジェクト】

理科教育賞大賞の発表!

いよいよ第6回理科教育賞大賞の発表です。

大賞を受賞したのは、本日3番目に成果発表を行った北九州市立祝町小学校。発表テーマは「PDCAサイクルを基盤とした自律型ロボットプログラミング学習の試み 〜理科学習で養う問題解決能力との関連性を探る〜」です。大賞を受賞された祝町小学校には、賞金100万円と記念の楯が贈られます。その他の浪江町立浪江中学校、宇都宮大学教育学部附属小学校、北九州市立井土ヶ谷小学校には、それぞれ理科教育賞が授与され、賞金50万円と記念の楯が贈られます。

また、本日投票が行われた理科教育賞ポスターセッション賞についても、集計が完了。
受賞したのは、投票数26票を獲得した横浜市立戸塚小学校(神奈川県)でした。テーマは「意欲をもって主体的に取り組み、互いに学び合う子どもの育成」です。受賞校へは、賞金20万円と記念の楯が贈られます。受賞した各校・団体の代表者が、それぞれ壇上に上がり、久村春芳副理事長(日産自動車 フェロー)より賞状、盾、副賞を授与されました。各賞受賞おめでとうございます。


【大賞を受賞した北九州市立祝町小学校】

【理科教育賞を受賞した左:浪江町立浪江中学校・中央:宇都宮大学教育学部附属小学校・右:横浜市立井土ヶ谷小学校】

ポスターセッション賞を受賞した 横浜市立戸塚小学校

6.閉会 〜中学生参加者インタビュー〜

これで「第6回理科教育賞贈呈式」は閉会です。4時間という充実した時間を参加者の皆様と共有し、今後も助成を継続し、理科教育賞を実施していきたいという思いを新たにしました。ふと、会場を出ていくスーツ姿の大人たちに混じって、制服を着た女子生徒が2人立っているのが目に留まりました。開会からずっと会場にいたのでしょうか?声をかけてみると、リカジョ賞グランプリを受賞した福島市立渡利中学校の生徒さんでした。渡利中学校では、震災発生後に科学部を発足し、津波で塩害を受けた土壌の除塩法や、残ってしまった牛乳の飲用以外での有効利用といった研究を行い、復興のためにできることを模索し続けています。

「科学部に誘われたことがきっかけになって、自分にできることは何だろうと考えるようになりました」と言う、3年生の貝沼李美さんと末永夏生さん。李美さんは、腎臓病で透析治療が必要な祖母のために、科学部で機能性野菜をつくる研究をしています。「娘は人の役に立ちたくて科学をやっている。今後はもっと理系と文系が融合していけばいいのでは」隣で話を聞いていた李美さんのお父さんの言葉に、理科教育の未来を感じました。
当日ご参加、ご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました。(了)