参加者の理系関心度に合わせた企画を実施――国立大学法人お茶の水女子大学理系女性育成啓発研究所

第6回リカジョ育成賞 準グランプリ

「女子中高生の理系への進路選択を後押しするために」

インタビュー:国立大学法人お茶の水女子大学理系女性育成啓発研究所 加藤美砂子さん
(実施日:2023年10月20日)

中高生の年代は、自分の進路を定めていく時期にあたります。とはいえ、進路をこれから考える人もいれば、すでに未来の自分の姿を描いている人もいます。理系への進路選択を支援するといっても、そのアプローチ法は本人がどのくらい進路を意識しているかで異なってくるはずです。

国立大学法人お茶の水女子大学の理系女性育成啓発研究所は、まさに女子中学生や女子高校生の理系関心度に合わせて、理系進路選択を推進する取り組みをおこなっています。進路に迷う女子、理系への関心が芽生えた女子、理系の進路を真剣に考えている女子の三つに対象を分け、それぞれに合わせて理系の魅力を伝えたり、理系進路のロールモデルを示したりしているのです。同研究所はこの取り組みを評価され、第6回リカジョ育成賞準グランプリを受賞しました。

今回、お茶の水女子大学理事・副学長で、同研究所の所長をつとめる加藤美砂子さんに、女子中高生の理系への進路選択を後押しする取り組みについてお話を聞くことができました。三つの対象への企画それぞれに、工夫を凝らしていることが伺えます。

初等・中等教育の年代に働きかけて理系女子人材を育成

――理系女性育成啓発研究所についてご紹介いただけますか。

加藤美砂子さん(以下、敬称略) 2015年4月に奈良女子大学と共同で発足した理系女性教育開発共同機構を前身とし、2022年4月よりこの機構の発展的な組織として、お茶の水女子大学の理系女性育成啓発研究所となりました。

おもに中学生・高校生の女子たちに理系分野に興味・関心をもってもらうための活動をしています。また、彼女たちの保護者や学校の先生に、理系進学への理解を促進する活動もしています。理系女性人材をより多く育成するには、初等・中等教育の段階から裾野を広げる必要があるという考えが背景にあります。


加藤美砂子さん。1983年、お茶の水女子大学理学部生物学科卒業。1985年、同大学院理学研究科修士課程修了。1988年、東京大学大学院理学系研究科博士課程単位取得満期退学、1988年理学博士(東京大学)。企業勤務などを経て、1995年、お茶の水女子大学理学部助手。1999年同助教授。2010年同教授。2017年同副学長となり理系女性教育開発共同機構を担当。2019年同附属図書館長兼務、2022年より同理事・副学長となり理系女性育成啓発研究所長を兼務。専門は植物生理学。

進路未決定の女子たちに印象に残る体験を

――活動内容をお聞きします。女子中学生・高校生を、進路に迷う人たち、理系への関心が芽生えた人たち、理系進学を考えている人たちに分けて、それぞれにアプローチしていると聞きます。まず、進路に迷う人たちへの取り組み例を伺います。

加藤 一例として、「食べ物に関心のある人たち集まれセミナー 〜ケーキを徹底解説〜」という企画を紹介します。2023年10月に実施しました。対象は、理系か文系の進路について意識していない中学生たちです。理系への関心を高めてもらうため、身のまわりのものである食べもの、なかでも多くの人が好きな「ケーキ」を題材にしました。

第1部として、大学院生がサイエンスのクイズを出題しました。「ショートケーキで使われるイチゴは、切っても中に種子がない。それはなぜ?」といった問題を出し、三択で中学生たちに答えてもらいます(正解は「イチゴの粒々が本当の果実で、その中に種がある」)。

また第2部では、食物栄養学科の先生が講演をしてくださいました。ケーキをおいしくしてくれる油についてのミニ講義です。身近なところにサイエンスの題材があるから、身のまわりを見てみようというメッセージを込めています。


進学が決まっていない中学生たちの層への活動例。「食べ物に関心のある人たち集まれセミナー 〜ケーキを徹底解説〜」(画像提供:国立大学法人お茶の水女子大学理系女性育成啓発研究所)

――セミナーのほかに、観察会もおこなっているとお聞きします。

加藤 はい。大学のキャンパスで植物を採取し、教室でその植物のDNAを抽出するといった内容の「陸の植物観察会」や、当学の施設で千葉県館山市にある湾岸生物教育研究所の周辺で採取したヤドカリ、ヒトデ、ウニなどを大学に運び、観察する「海の生き物観察会」などを実施しています。

自分で手を動かしたり、参加者どうしで話したりする体験は印象に残ると思います。進路がまだ決まっていない生徒たちに対しては、このような体験をすることで、できるだけ印象に残る企画になるように工夫してをいます。

理系への関心が芽生えた女子たちにロールモデルを提示

――理系への関心が芽生えたぐらいの女子たちへの取り組みはいかがでしょうか。

加藤 取り組みの一つとして、「リケジョ-未来シンポジウム」を実施しています。参加者たちに「お姉さん」と思ってもらえる、20代から30代ぐらいの理系の女性に、理系進学のきっかけや、大学生時代の学び、またいまのお仕事の内容などをお話ししてもらうロールモデル講演会です。講演会のあと、登壇者と参加者が直接お話しできる機会も設けています。2015年から通算で40回ほど開催し、参加者は累計4,000人ほどとなりました。


理系への関心が芽生えた層への活動例。「リケジョ-未来シンポジウム」(画像提供:国立大学法人お茶の水女子大学理系女性育成啓発研究所)

――参加者をそれほど多く集めている要因はなんでしょう。

加藤 一つは、理系進路のロールモデルを参加者たちに示せていることだと思います。参加者たちに割と年齢の近い講演者が、このような経験をし、いまこう働いているという体験談は、参加者たちに励ましの意味も込めて「こういうキャリアがある」と伝えることになります。

もう一つ、強みと感じるのは、頻度高く継続的に回を重ねていることです。年に最低5回は実施するようにしています。すると、人びとに「恒例のシンポジウム」として定着し、対面とオンラインのハイブリッド開催であるため、「ウェブサイトからいつでも参加できる」と思ってもらえるようになります。学内の先生に登壇者を紹介していただいたり、卒業生に登壇依頼に応じてもらったり、多くの方々のご協力をいただきながら継続しています。

理系進学を考える女子たちに「世界」を感じてもらう

――理系進学を真剣に考えている女子たちに対し、どのようなアプローチをされていますか。

加藤 取り組みの一つとして、「グローバル講演会」を開催しています。参加者たちに、理系で学んだあと海外で活躍するという経験を紹介すること、また、海外の教育制度を知ってもらうことをおもな目的としています。

オンラインで開催する利点を活かそうと、講演者のうちすくなくとも一人は海外で活躍している人に、現地から生配信していただいています。また、中学や高校の時代、海外で生活し、いま日本で活躍しているような研究者に登場してもらうこともあります。


理系進路を真剣に考える層への活動例。「グローバル講演会 ―サイエンスから世界へ―」(画像提供:国立大学法人お茶の水女子大学理系女性育成啓発研究所)

いまはダイバーシティ・エクイティ アンド インクルージョンについて考えることの重要性が増しており、当学も推進しています。とくにサイエンスの分野では、多様な国籍の人たちとの共同研究があたりまえの時代です。講演会の参加者たちに、さまざまな背景を持つ人たちと一緒にとグローバルに活躍する未来があるということを知ってもらう機会を届けようとしています。

進路選択への影響を実感、今後は学校訪問を積極的に

――さまざまな取り組みを通じての効果をどう捉えているでしょうか。

加藤 私たちの取り組みに参加していただいた中高生などに追跡調査を2021年から2022年にかけて行いました。参加したことの「進路決定への影響」がどれほどだったか聞くと、回答者171人のうち「参考にして、理系にした・する予定だ」との回答が68%にのぼりました。かなり参考にしていただけているのだと感じています。

また、「知らなかったことを知れてうれしかった」「驚いた」「おもしろかった」などの肯定的な感想を多くいただけています。

それに、私たちの取り組みだけが理由ではないかもしれませんが、保護者たちの理系への関心も高まってきたと感じています。セミナーを生徒さんといっしょに聞いてくれる保護者も増えました。
 
――今後の活動に向けての抱負を聞かせてください。

加藤 三つの層へのアプローチをお話ししましたが、とりわけ充実させたいと力を入れているのが、進路を決めていない中学生たちへの取り組みです。食べもののような身近な題材から、サイエンスへの興味・関心を呼びおこすことが大切と思っています。参加者たちと年代の近い大学生や大学院生たちと企画することを重視してきます。

そして今後は、私たちから学校などに積極的に出向いて、理系の魅力を伝えていきたいと考えています。そのほうが、より理系への関心度がさまざまな女子たちと出会うことができるからです。先日、私自身がある中学校の総合的な学習の時間で、2年生170人に「イノベーションとはなんだろう」というテーマで講演する機会をいただきました。まだ進路を考えていない生徒が多くいるなか、「理系っておもしろい」と感じてもらえるきっかけをあたえられたのはとてもよかったと思っています。

生徒たちだけでなく、保護者や教員のみなさんにも理系進学への理解を深めていただけるよう、活動を積極的におこなっていきたいと思います。