学校でのプログラミング体験に子どもたちが目を輝かせるーーリカジョ賞受賞者に聞く 一般社団法人横浜すぱいす 古川三千代さん

第1回日産財団リカジョ賞 グランプリ受賞
「課題解決型ロボットプログラミング教室」

インタビュー:一般社団法人 横浜すぱいす 理事 古川三千代氏
(実施日2018年11月07日)


次世代を担う子どもたちが「プログラミング」を体験する。そうした教育のムーブメントが、いま起きています。人工知能などの技術が発達していくなか、コンピュータのしくみを知り、命令をあたえる力をもつことが、これからますます重要になると考えられているからです。小学校では2020年より「プログラミング教育」が必修化されます。

学校を退職した教職員を中心に学校支援活動を展開している一般社団法人「横浜すぱいす」で理事をつとめる古川三千代さんは、市内の小学校・中学校を訪れ「課題解決型ロボットプログラミング教室」という出前授業をおこなっています。この取り組みに、日産財団は2018年度の第1回リカジョ賞「グランプリ」を贈りました。

古川さんは、横浜市内の中学校で理科の先生、そして校長先生をつとめた経歴の持ち主。退職後、横浜すぱいすから学校支援について相談を受け、自分自身も興味を抱いたプログラミング教育を2016年から始めました。

「プログラミング教室」は、子どもたちにも、そして学校の先生たちにも、巷で言われている教育効果を超えるほどの、多くの成果をもたらしているようです。

2018年11月、横浜市立羽沢小学校でおこなわれた授業を見学し、古川さんに取り組みの内容や力を入れた点、さらに成果や今後の抱負などについて話を伺いました。

「一石何鳥」ものプログラミング体験を、小学校・中学校の子どもたちに

――古川先生が取り組まれている「課題解決型ロボットプログラミング教室」がどのようなものか、聞かせてください。

古川三千代先生(以下、敬称略) 小学校と中学校で、子どもたちがわかりやすく親しみをもって「プログラミング」を体験することのできる出前授業をおこなっています。情報科学専門学校の学生さんたちがメンターとして授業に参加し、またコンサルティング企業のアクセンチュアに機材を提供していただきながら授業をおこなっています。

授業では、プログラミングすることで動くロボットを使います。オリジナルロボットをデザインし、ブロックなどの材料も使ってロボットをつくり、そして動かすわけです。

≪一般社団法人 横浜すぱいす 理事の古川三千代さん≫

――実際の授業の流れはどういったものですか。

授業をする場が小学校か中学校かなどにより、時間数や内容は異なりますが、小学校での5時間の授業では、まず1時間目に「ROMO」という身近なロボットを子どもたちに示しながら、ロボットとプログラミングの紹介して興味づけさせます。2・3時間目からは「Robotist」というロボットを使いながら基本的なプログラミングとロボットの組立をし、自分たちだけのオリジナルロボットを考えさせます。そして4・5時間目にそのオリジナルロボットをブロックなどを使って班ごとにつくり、他の班のみんなに発表します。やってきたことの成果や、みんなで協力することの大切さなどを伝えて、まとめとしています。

――授業名に「課題解決型」とついていますが、どういった意味を込めているのでしょうか。

古川 ロボットをつくるとき「これからの生活をよくするためのロボット」「だれかの役に立つロボット」をつくることを条件にしています。社会の課題を見つけ、それを解決することに使えるロボットをプログラミングを通じてつくることを目標にしています。

――先ほど授業を見させてもらいましたが、ロボットの形や動きに独創的なアイデアが散りばめられていますね(下記、授業見学記も参照)。

古川 全くその通りです! 毎回、授業のたびに「こんなすごい使い方ができるんだ」といったアイデアを、子どもたちは出してくれますよ。

――プログラミングを子どもたちに教えることの大切さをどう考えていますか。

古川 10年後には、いまの職業の半分近くはロボットの作業に置き換わるといわれています。自分の仕事が奪われるのではないかと、学校の先生を含む大人たちが不安になっています。けれども、心配する必要はあるのでしょうか。未来には未来の新しい仕事が生まれてくるはずです。むしろ、そこで必要な知識や技術に慣れ親しんでおくことのほうが大切です。未来を担ういまの子たちに必要となる知識や技術が、プログラミングなのです。

折しも2020年には、小学校で「プログラミング教育」が必修化されます。プログラミングはとても大切な学習の題材になっていくと思います。

――古川先生は、プログラミング体験は「一石三鳥」だもとおっしゃっていますね。

古川 はい。プログラミング体験により当然、プログラミングのスキルを得られます。でもそれだけでなく、センサやアクチュエータなどの物理のしくみを学ぶことで理科の関心も広がっていきます。そしてなにより、学ぶことの楽しさを学べます。だから最低でも「一石三鳥」。ほかに、プログラミング言語を学ぶことで世界が増えたり、仲間と協力する大切さを学べたりもしますから「一石何鳥」にもなります。

興味のない子どもたちにもプログラミングに向かわせる

――授業で、とりわけ力を入れていることは、どのようなことでしょうか。

古川 プログラミングに興味のない子どもたちにも興味をもたせるということに力を入れています。いま、巷には「プログラミング教室」が溢れています。そうした教室に集まる子たちは、たいてい本人または親御さんがプログラミングに興味をもっているものです。けれども、小学校や中学校には、プログラミングに興味のない子もいます。そうした子たちにもプログラミングに向かわせることに、小学校・中学校で授業をする意義があると思います。

――興味のない子どもたちにもプログラミングに興味をもたせるには、どうすればよいのでしょうか。

古川 まず、少人数でプログラミングに取り組める環境づくりが大切になります。その点、情報科学専門学校の学生たちのサポートはとても効果的です。1班に最低1人、学生がついて、子どもたちをフォローしながら、和気あいあいとした雰囲気をつくってくれます。それが「わかった!」「楽しい!」と感じる体験につながっています。

それと、子どもたちに私のことを「古川先生」でなく、ニックネームで「コメットさん!」と呼んでもらうように言っています。あと、教室にはAIBOの「アンちゃん」も連れていきます。出前授業にやってきた見知らぬ先生に対して、親近感をもってもらう工夫です。

いずれの工夫も、プログラミングはむずかしいものではなく、楽しいものだという雰囲気づくりにつながっていると思います。

90%が「またやりたい」女性の働き方改革にもつながる

――取り組みの成果についてお聞きします。プログラミング教室の授業後にとったアンケート(小学校6年生)では、参加者の90%が「またやりたい、もっとやりたい」と答えたといいます。

古川 授業ではどの子も目を輝かせています。それが私が感じているなによりの成果です。

90%が「またやりたい」と答えたと聞くと、大人たちは「そんなに」「すごい」と思うかもしれませんね。でも、そこにはプログラミングというものに対する大人と子どもの認識の差があるのだと思います。むしろ苦手意識があるのは大人のほうで、授業を受けている子どもたちは真剣な表情で、「もっとやりたい」と思っています。子どもへの授業のしかた次第で、子どもたちは食いついてきますし、みずから学ぼうとします。

――女の子たちの授業への姿勢や頑張り振りはいかがですか。

古川 小学生では基本的に女子と男子の差はありません。でも、優れたアイデアを女の子が出してくることも多いと、私の経験からは感じています。

でも、中学生になると、とくに理科などの授業では、女子が目立たなくなってしまいます。男性の先生が授業をすることが多いといった理由があるかもしれません。科学の出前授業やイベントでも多くの場合、男性が指導役をつとめますね。でも、女性である私が登場することで、女の子をはじめ、子どもたちの食いつき方が変わってきます。「女の人が授業をやるんだ」と。

この羽沢小学校で昨年6年生だった女の子がプログラミング授業を受けたあと、「またやりたい」と言っていました。そして今年、プログラミング教室を羽沢小学校でやったところ、中学1年生になったその卒業生の女の子が「コメットさん。また授業を受けにきたよ」と参加してくれたのです。女の子の心にも授業の思い出は残るものなんだと実感しましたね。

――プログラミングは女性の働き方改革の原動力になるとも、古川先生は考えていると聞きます。これはどうしてですか。

古川 プログラミングは、どんな場面でも発揮することのできるスキルだからです。これまで、女性は子どもを生み、育てるという理由で、仕事をあきらめなければならない時代が長くつづきました。けれども、プログラミングのスキルを身につけることで、たとえ会社づとめをしなくてもそのスキルを活かすことができます。仕事の幅が広がり、働き方改革にもつながると考えているのです。

「最強の方法」で、学校の先生を支援したい

――今後の抱負をお聞きします。「課題解決型ロボットプログラミング教室」の取り組みをどう発展させていきたいですか。

古川 この授業を始めて3年になります。いま学校でやっていることは、それなりに十分な形にはなってきたと思います。その一方で、子どもたちが発展的に学習するには、さらに教材や学習法の開発が必要ですし、もっと学校の先生たちに知ってもらうことも必要だと思っています。

3年間、授業をしてきたなかで、私は「最強のプログラミング教育法」を練ってきました。今後、その方法をインターネットに公開し、だれもがオープンに活用できるようにしたいと考えています。

――「最強の方法」ですか。具体的には……。

古川 イギリスのBBC(英国放送協会)が開発した「BBC micro:bit」という、現地の11歳と12歳の小学生全員に配られる小型コンピュータを使うことを考えています。

この方法を使って、学校の先生たちは楽にプログラミングを教えられるようになる。子どもたちはより積極的にみずから学ぼうとする。そうした効果を得られる教育法を、情報科学専門学校の学生たちと協力してつくっているところです。

――公開される日を楽しみにしています。学校の先生たちに楽にプログラミングを教えてほしいという思いもあるのですね。

古川 たとえば、横浜市には18の区がありますが、今回の授業に参加したメンター的役割のグループを各区で2グループ結成できれば、市内すべての学校を巡れるようになります。メンターは保護者でも地域の高齢者でもよいと思います。そうすると学校の先生は、そのプログラミングの授業をメインで運営しなくても、参加するだけでもよくなります。

学校の先生は専門でないこともがんばらなければならないという現状があります。けれども、がんばることと成果が上がることはまた別ものです。

学校の先生たちにゆとりがあれば、子どもへの見方や接し方も変わるはずです。教員は教員だからこそできることがあります。そうでない部分は、人に頼れるなら頼ってよいのではないでしょうか。そういうことをあたりまえのようにできる風潮をつくっていければいいなと思っているところです。

すこしのお金と決断があれば、こうしたことを日本全国どこででも実施できると思います。

独創的なアイデアで、役立つロボットがつぎつぎと

今回、見学させてもらったのは、6年4組の2時間分の授業。ロボットづくりと発表に取り組んでいるところです。

6班に分かれ、各班に情報科学専門学校の学生が1人ずつメンターとしてつきます。また、IT企業で技術職をつとめていたバックアップサポーターの伊藤さんも授業を見守ります。

子どもたちは前回の授業までに「どんなロボットをつくりたい?」「ロボットにどんなことをしてほしい?」「このロボットはどのようなことに役立つ?」「ロボットにどんな動きをさせたい?」「どんなセンサー、アクチュエーターを使う?」といった問いに答える形式で、ロボットのアイデアを出しあってきました。それをプログラミングやブロックの組み立てによって形にしていきます。

さて、発表。それぞれの班でどんなロボットができたかというと……。

おばあちゃんの掃除を助ける「窓拭きマシーン!」

センサを使って悪い人を見つける「犯罪者ディテクター!」

面倒なものをもってきてくれる「かわいいお手伝いロボット!」

モーターが動いて肩をトントンする「肩たたきマシーン!」

人を感知するとストップして荷物を渡す「ものを運んでくれるロボット!」

ブザーが鳴り、LDEライトも光る「目ざましロボット!」

どの班もロボットのアイデアが独創的。かつ、それをプログラミングで動いて働くものを仕上げていました。

女の子に授業の感想を聞いてみると……。

「みんなと協力してがんばりました」
「学ぶ大切さを知ることができました」
「自分のなかにある可能性を見つけることができました」

プログラミングを通じて、協力することも大切さ、成功や失敗から学ぶことの大切さ、そして自分のなかに秘められた才能を見つけた様子です。

6年4組のみなさん、ありがとうございました!(了)