「やったらできる」が学ぶ意欲につながる――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第1回) 福岡県北九州市立企救中学校


北九州市立企救中学校の竹原あつみ先生と立花昭一校長先生。

 日産財団の「理科教育賞」では、毎回、優れた理科教育を実践されている学校の取り組みをお聞きしています。それは、児童・生徒に接し、授業をしている先生たちの創意工夫や努力なしには成り立ちません。そんな先生たちの授業への取り組みを、より多くの方々に知っていただくため、私たち日産財団は理科教育助成を受けられた学校を訪問し、先生方から直接お話を聞き、記事としてお伝えすることにしました。

 第1回は、北九州市立企救中学校の竹原あつみ先生にお話を聞きました。同校は「 主体的な探究活動を通して、科学的な思考力・表現力を育てる学習活動の創造」で第5回理科教育賞を受賞。竹原先生のお話からは「自分もやったらできる」という喜びを子どもたちに味わわせることの大切さが伺えます。取材では、校長の立花昭一先生にも同席していただきました。

「伝わった」という達成感と、
「もっとよくなる」という試行錯誤と

――竹原先生は、中学校の教員を31年にわたり務めて来られたそうですね。教員になった経緯はどのようなものでしたか?

竹原先生(以下、敬称略) 私の両親ともに教員で、研究熱心なことに論文をよく書いていました。そうした両親の姿を見て「先生という職業にはあそこまで打ち込める魅力があるんだな」と思い、私も教員を目指しました。

 理科の教員になったのは、中学2年のときの理科の先生の影響です。学習内容を身近な話に引きつけて教えてくれて感動しました。

――大学ではどのようなことを勉強されましたか?

竹原 教育学部で小学校過程の理科を学んだあと、大学院に進んで教育評価などの心理学を勉強しました。大学院での2年間の勉強が、教員としての私の土台になっていると思います。

――子どもたちを教えていて、どんなところにやりがいや喜びを感じますか?

竹原 教えたいことが子どもたちに伝わったと実感できたとき、また、子どもたちが変わっていく姿を見ているとき達成感も意欲もわきます。そして「もっとよくなるんじゃないか」と、また考えます。その繰り返しでしたね。


竹原あつみ先生。教員歴は32年目。とくに指導力に優れ、模範となる授業を実践していると同市が認定する「マイスター教員」の一人でもある。

「ノートをとる」から「聴いてメモする」へ
付箋に生徒たちが食いついてきた

――授業での取り組みとして、「『聴く力』『書く力』を育てるための『ノートづくり』の段階的指導」を実践なさったと聞きます。実際どのように進めていったのですか?

竹原 この中学校に赴任したとき、ノートをとることができない生徒がかなりいました。「まずは勉強をパターン化させることから始めないと」と思い、私が黒板に書いた内容を、そっくりそのまま生徒にノートに書き写させていきました。「黒板に黄色で書いたのは大事なところだから、ノートでも色を変えて書きなさい」といった具合にです。

 ノートに書かせることを徹底させると、だんだん生徒たちはそれができるようになってきたので、次のレベルとしてメモをとらせていきました。

 このとき、授業でたまたま持ってきた付箋に子どもたちは興味を示して、付箋にメモを取り出すようになったんです。ノートに書くとなると「きちんと書かないと」という気持ちになるけれど、付箋に書くのであれば「失敗したらもう一度、書き直せばいい」という気持ちになるようで、メモをとれるようになっていきました。


生徒の「理科合格ノート」には、教材プリントが貼られ、さらにその上に何枚もの付箋が貼られている。

 メモをとるためには、私の話を聴かなければならないので、おしゃべりせず授業に集中するようになりました。聴き取る力もついてきました。「生徒たちは食いついてきているな」というのがわかるので、付箋も十分に用意してあたえ、徹底的にメモを取らせたところ、自分でちがう色の字で書いたり、矢印の記号を描いたりして、工夫しだすようになりました。

――最近の学習のキーワードに「アクティブラーニング」もありますね。ただし、段階的な学習を飛び越えてしまい失敗するといった話も聞きます。先生は、段階的に学ばせることの意義をどう考えているのですか?

竹原 書く力や聞く力といった基本的な力が身についてないと、いまさかんに言われているアクティブラーニングにつながるような話し合い活動もできないのだと思います。基本的な力が段階的に身についていけば、子どもたちは自ら話し合いができるようになっていくというのが、私の考えです。


竹原先生や立花校長の話に聴き入る常務理事の原田宏昭(左)と小中学校教育支援グループの沖玲子。

「ジグソー学習」を導入
すべての子に責任感をもたせる

――授業で「ジグソー学習」も取り入れたとお聞きします。これは、班のメンバー1人ずつが担当として割り当てられた学びの結果を持ち寄り、全体としての解答を班のみんなで導いていく学びの方法ですね。どんなねらいがありましたか?

竹原 責任感をもたせることが大きなねらいでした。どんな子もかならず役割を担うので、「なんとかして自分が理解しないと班のみんなで解答を出せない」と感じますからね。

 ただし、ジグソー学習にはむずかしさもあります。1班3人で学習に取り組むとしたら、3人が得た知識が合わさってはじめて1個の解答を導き出せるような題材を用意しなければなりません。そうした教材をつくるのは大変です。

――実際、どんな教材をつくられたのですか?

竹原 3年生の「塩化銅の電気分解」では、塩化銅に電流が流れるしくみを導いたり、塩素と銅が出てくる反応をモデルを使って説明することを目的にしました。1班の3人に、それぞれ「塩化銅が水に溶ける様子を描く」「電流の流れの正体を把握する」「塩酸に電気を流すとどうなるかを理解する」といった役割を担わせました。生徒たちはそれぞれが学習してきたものをパズルのように組み合わせて答を導き出そうと協力するようになりました。


竹原先生が3年生「塩化銅の電気分解」で実践したジグソー学習で配布したプリント。

 ほかにも、2年生の「天気」の単元で「四季折々に見られる10種類の雲の呼び名を当てる」といった出題に答える形式で、ジグソー学習を取り入れました。単元の導入部分をゲーム形式にしてジグソー学習させると、たとえば飽和水蒸気量、露点、高度と気圧の関係といったこれから学んでいく内容に触れられます。「単元全体でこんな勉強していくんだよ」と示すことができます。

 また、3年生の「宇宙」の単元でも「惑星ゲーム この惑星の名前は?」といった出題に答える形式でジグソー学習を取り入れました。導入部分でジグソーを行うのは効果的と考えています。

――ジグソー学習のポイントはどんなところにあると思われますか?

竹原 生徒の興味・関心や理解度はその学年やクラスによってちがいますから、「ここまでは書いておかないと」とか「ここまでの説明はしなくていい」とか、生徒たちの度合に合わせることは大切だと思います。ジグソー学習の題材集のような雛型はありますが、どこまで学ばせるかは接している子どもたちの状況によって変えるべきです。

「ルーブリック評価」で評価の根拠を子どもたちに示す

――子どもたちの評価のしかたについて、多くの先生から「どのような方法があるだろうか」といったご質問をお聞きします。竹原先生はどんな方法で評価をしてこられましたか?

竹原 前任の学校で取り組んだことですが、「ルーブリック評価」を取り入れました。「結果を見やすく表やグラフ・図を使って書いてあるか?」などの評価項目、つまりどんなことで評価するかと、評価の基準、つまりどこまでできれば何点を得られるかを、単元の開始時に子どもたちに示しておいたのです。

 こうした指標をはっきりさせておけば、「これについてはA。でもこれについてはB」といった具合に、子どもたちに根拠をもって評定を伝えることができます。子どもにレポートを書かせて「B」をあたえても、「どうしてBなのか」が伝わらないと、多くの時間を使って評価する意味がないと思います。

 子どもたちには、「脅すための評価ではないんだよ。ここをよくすれば評定が上がるということを知ってもらうための評価なんだからね」とよく言っています。


竹原先生が実際に用いた、ルーブリック評価による自己評価表。

――単元ごとに指標をつくっていくのでしょうか?

竹原 はい。以前はどのレポートにもおなじ指標を記していましたが、それだといま一歩。「この単元ではここのところを評価するよ」と具体的に書いていく細かさが、本当は要求されるものだと思います。教材を吟味しなければならないので、具体的な指標をつくるのは大変ですけれどもね。

 それと、ルーブリック評価とマッチしない学習活動もあるということを理解しておくことも大切です。たとえば「生きものに対する畏敬の念」や「自然現象の素晴らしさ」を感じとる感性をルーブリックで評価はできませんよね。

 逆に、テーマが決まっている話し合いなど、はっきりとした場面ではルーブリック評価は向いているのだと思います。

――子どもたちの成長に、ルーブリック評価はどう役立つものだと考えていますか?

竹原 子どもたちには「なにをするにも目的があるはずだから、その目的に向かって先を見通し、『いまなにが大事なのか』を考えなさい」とよく言っています。その目標に向けた指標となるのが、ルーブリックの指標なんだと思います。

わかることの喜びも学ぶ意欲につながる

――冒頭、教えたいことが子どもたちに伝わったと実感できることが、先生にとっての達成感や意欲になるとおっしゃっていましたね。子どもたち自身にも言えることではないでしょうか?


立花校長先生も理科担当出身で、竹原先生とは同期。「企救中学校内外の若い先生たちも竹原先生の授業を見て参考にしています。若い先生たちには、竹原先生といっしょに過ごせることを幸運なことと感じ、学びとってほしい」(立花校長先生)。

竹原 卒業生が書いてくれた感想を見ると、観察の授業で自分が体験してついに理解できたときの喜びや、実験の結果をみんなで話し合って正しい答えを導き出せたときの喜びが、理解の学習に対する意欲につながったようです。

 こまめに評価をして、「自分がここまでがんばった」ということを目に見える形で認めてあげることが学習意欲になるのだと思います。


理科学習に対する意欲を生徒に聞いたところ、「授業でなるほどと思うことがよくある」「もっと勉強したい」「大切」「好き」のいずれも肯定的な答が多数を占めた。

 理科という教科では、なぜ雲ができるのかといった自然現象の不思議に対して答を得られるときに喜びがあり、それも学ぶ意欲をもたらすのだと思います。

 でも、それだけでなく、「自分もがんばれば理解できるようになる」という経験もまた喜びになり、学ぶ意欲をもたらすのではないでしょうか。わかることの喜びを味わわせる授業を組み立てていくことが、子どもたちのためになるのだと思っています。(了)