“世界最難関”ミネルバ大学の創設者が語る教育の未来像 「教育のイマ・ミライ」オンラインセミナーを開催!

日産財団は2020(令和2)年9月24日(木)、早稲田大学Future of Education研究会とともに「教育のイマ・ミライ」オンラインセミナーを開催しました。私たちの「イマ・ミライ」を語るオンラインシリーズの第3弾です。

今回は、いま世界中の教育関係者から注目の的となっているミネルバ大学の創設者ベン・ネルソン(Ben Nelson)さんをお招きし、学校の理念や日本の教育への示唆などを大いに語っていただきました。研究会を主宰する早稲田大学小学学術院教授の池上重輔先生に進行をつとめていただきました。
ミネルバ大学(Minerva Schools at KIGI)は2014年、全寮制の4年生大学として設立されました。学生が7つの国際都市でクラスメイトと居住し、現地の企業や行政機関などと共同プロジェクトをおこなうこと、また、“学習の科学”をベースに設計されたオンライン学習プラットフォームを用いて講義をおこなうことを大きな特徴としています。設立して5年で早くも「世界最難関」の大学と評され、世界の学生たちを魅了しています。2017年からは日本人学生も入学しはじめました。
約1時間30分にわたる、ネルソンさんからの熱いメッセージ、それにオンラインで参加していただいた学生、保護者、教職員のみなさんとの質疑応答がありました。本レポートではその要旨をお伝えします。

注)ミネルバ大学の正式名称はMinerva Schools at KGIだが、本報告ではミネルバ大学と記述する。

学生への教育を第一に重視する大学

池上:日本ではアメリカの大学教育システムを優れたもので、参考にするべしと考える人が一定数います。そうした中でベンさん、あなたは米国の教育、特に大学教育に新たな形をとり入れました。ミネルバ大学を創設する前に、アメリカの高等教育をどのように見ていたのですか。

Nelson:世界有数の研究が、ハーバード、スタンフォード、イェール、プリンストンといったアメリカの選ばれた大学でおこなわれ、学生たちを魅了しているのは疑いない事実です。その一方で、大学の教授がおこなう研究が、その大学のコースを特徴づけるものにはほぼなっていません。

世界各国の大学には、あるひとつの優れた分野のみに力を入れているところもあります。けれども、世の中の仕事は、経済学、生命科学、コンピューターなど、いろいろな分野が関わってきます。アメリカの大学では、いろいろな分野を体系的に教育することのできる環境はあります。しかし、その環境が実践的に機能しているかというと、もはやそうともいえません。たとえば、アリストテレスやシェークスピアなどの古典から学ぶような教育は、昔の発想と認識され分断されています。
私が創設したミネルバ大学では、そうした古典的な知見に最新のツールを合体させることで、さまざまな課題を応用できるようにしています。より実践的な教育をおこなっています。

ベン・ネルソンさん(Ben Nelson)。ミネルバ大学の創設者、会長、最高経営責任者(CEO)。
創設前はスナップフィッシュで10年以上を過ごし、新興企業から世界最大のパーソナルパブリッシングサービスへと成長させた。
スナップフィッシュ入社前には、コミュニティ・ベンチャーズの社長兼CEOを務めていた。

池上:大学の教育には特化した専門の分野と、実践で活用できる一般の分野とがあります。ふたつの間を満たしていくということですか。

Nelson:そのとおりです。
大学というものを1000年前までさかのぼってみると、いまと変わらない部分もあります。たとえば、先生が壇上に立ち、生徒は居眠りをしていった光景です。
一方で、いまを生きる私たちからすると、当時は大きくちがっていた部分もあります。たとえば、当時の医療や移動手段は、いまの状況からするととても劣ったものでした。そうしたなかで、私たちは人類として成長し、当時よりはるかに大きな知識を得てきたことになりますが、その過程では「かつてと異なるやり方」があったはずです。私たちミネルバ大学が、世界のみなさんから多くの利点を感じてもらえる理由は、ゼロから必要とされる要素を満たしていくやり方を築いてきたからです。

池上重輔(いけがみ・じゅうすけ)先生。早稲田大学大学院大学院経営管理研究科教授。経営戦略やグローバル経営を専門分野とし、企業幹部の教育をするとともに、実家が営む学校の経営をサポートしている。責任者をつとめる早稲田大学Future of Education研究会では、リーダー人材に必要な能力と教育方法の調査研究などに取り組み、リアル・オンラインの両方で成果を発信している。

池上:大学には研究と教育の両方があるべきだという古典的な考え方がありますが、あなたはより教育のほうにフォーカスしている気がします。ミネルバでは、大学における研究については、どう評価しているのですか。

Nelson:研究をするという大学の役割は、昔より重要になっています。私たちは研究も重視していますし、企業にとっても研究は重要です。
しかし、ミネルバでは学部生たちに対する教育活動と、教員の研究を切り離して考えます。プリンストン、ハーバード、ケンブリッジ、カリフォルニア・バークレイなどのベストの研究環境がある学校では、博士号を目指す学生たちに学位の取得をめざしてほしい。しかし、よい研究環境があれば、学部生への教育ができるのかというと、それはまたべつの話だと思います。
大学の教授が、自分の研究について心配しなくてもよい状況にあれば、教育にフォーカスすることができるようになると想定しています。学部の学生が大学に行く目的は、素晴らしい研究をする教授に教えてもらうことでなく、素晴らしい教育をする教授に教えてもらうことであり、そうしていかなければならないと思います。

他大学・他機関とのコラボレーションへの信念

池上:大学である以上、ミネルバ大学にもメリットとデメリットの両方があるのだと思います。たとえば、大学の規模を大きくすることのむずかしさがあるのではないでしょうか。

Nelson:そこにデメリットがあるとは思っていません。伝統的な大学では、建てものや施設をつくるのに費用がかかりますが、私たちミネルバ大学では効率の高いやり方をしているので、そうしたことを考えなくてよいというメリットがあります。

池上:私は早稲田大学に所属する教員として、大学における教育制度をよりよいものに変えていきたいと思っています。ただ、早稲田のような組織が確立された総合大学が、ミネルバ大学のスタイルにいきなり変わるのはむずかしい気もしますが、どのように思いますか。

Nelson:ミネルバの運営会社と他大学との協力は、2年前から始めているところです。香港科技大学を皮切りに、カリフォルニア大学バークレー校、さらにミシガン大学ロースクールやポールクインカレッジなどとも手を組んでいます。私たちは、常にベストを追求している相手と提携することをモットーにしています。逆に、トップだからとあぐらをかいている相手とは手を組みたいとは思いません。

池上:提携という点では、日本企業のリクルートとも手を組んでいますね。

Nelson:大学の生態系を広めていくためには、大学とは異なる組織が協力してくれないことにはむずかしいとも思っています。企業の経営陣になるような人を育てるからには、企業の人たちにも認めるもらわなければなりません。

日本は、より体系的で参加型の高等教育を

池上:あなたは日本にも何度もきておられます。日本の高校や大学などの教育の現状を、どのように見ていますか。

Nelson:豊かな教育の伝統が日本にはあると思っています。それが日本における大きな基盤にもなってきました。
 ただし、これは日本にかぎったことではありませんが、レベルの高い大学に合格するのがむずかしいあまり、大学入学を果たした学生たちが疲れきってしまっているようにも見えます。学生たちは入学後、意欲的に学ぶことが大切ですが、ただ講義を聞き、テストを受けるだけだと、意欲が失われてしまいます。
 日本は、培ってきた伝統や尊重といった考えを再構築し、より体系的で参加型の高等教育をめざすべきだと思います。それには、日本のさまざまな大学が手を組んで、ベストプラクティスから学びあうべきだと思います。

池上:大学にはハード面の要素も、ソフト面の要素もあります。日本の大学がミネルバ大学と協力できるようになるには、どんな要素について考えればよいですか。

Nelson:それはもうすべての要素・分野についてです。どういった目的のもと学生を卒業させるかに合わせて、カスタムメードで教育のプログラムを設計していきます。これまでの他大学との連携の例では、教授陣のトレーニングも用意して、その目的のために必要な能力を身につけてもらっています。教員たちと、教室でどんな課題が生じたか、どうカリキュラムを改善していくかを、継続的に議論します。こうして他大学とは深い関わりを保ちながら、長期的にコラボレーションをおこなっています。

 

日本と米国を結んでのコミュニケーション。情熱的に、かつ笑顔も豊富に語られた。

 

セミナー参加者と教育の未来を語りあうQ&A

オンライン参加者から多数の質問が寄せられました。池上先生を通じてネルソンさんとのあいだで質疑応答がおこなわれました。

質問:どのような学生が、ミネルバ大学にフィットすると考えていますか。

Nelson:学ぶことに集中できる人や、社会で適用できる知識を得たいという意思の強い人がまずひとつあります。
 もうひとつは、大人として独立心のある旺盛なマインドがある人です。ミネルバ大学の学生は1年次のサンフランシスコをはじめ、世界の各国に移り住むことになります。自分で料理をし、体調管理も自分でします。こうした経験が自立した人間が育つことにつながります。

質問:どの国の社会も、新型コロナウイルス感染症の影響を受けています。授業はオンラインですが、海外各地を回ってプロジェクトワークを行うミネルバ大学では、コロナ以前とコロナ以後で、教育や運営のしかたを変えた点はありますか。

Nelson:もともと学生のほとんどが自分の住居にいながらライブビデオで大学の勉強をしています。その点は変わっていないので、他大学よりも強かったと思います。
 ただ、学生どうしで集まることがなかなかできない点は、マイナス面の影響としてあります。どの国の大学もおなじだと思いますが。

質問:高校生ぐらいの若い世代に対する教育はどのようになっていますか。

Nelson:ミネルバ国際バカロレアコースというプログラムを設立したところです。9年生、つまり高校生を対象とした3年間もしくは4年間のプログラムです。
3年間のプログラムのほうは、知識よりも応用に軸足を置いています。また、4年間のプログラムのほうは、すべて修了すると大学1年生を修了したのとおなじことになります。

質問:ミネルバ大学は、どちらかというと企業就職後のキャリアのための教育に力を入れているようですが、学術分野でのキャリアを考えている学生にとってのフィットはどうなのでしょうか。

Nelson:第1期の卒業者106人のうち1割ほどはPh.D.(博士)を目指して、世界最高レベルの大学院に進学しています。3人はハーバード大学院に進みました。また、プリンストン大学院に進み脳神経学を研究している卒業生もいます。ほかに、ケンブリッジ大学院に進学した人、また物理学やコンピュータサイエンスの専攻に進んだ人たちもいます。

オンラインセミナー中に紹介された、ミネルバ大学を知るための書籍。(左)ネルソンさん紹介の“Building the Intentional University:Minerva and the Future of Higher Education”(Stephen M. Kosslyn、Ben Nelson編、The MIT Press刊)。未邦訳ながら、ネルソンさんによると日本語翻訳版も出版されるとのこと。
(左)池上先生紹介の『世界のエリートが今一番入りたい大学 ミネルバ』(山本秀樹著、ダイヤモンド社刊)。山本さんは元ミネルバ大学日本連絡事務所代表。

質問:学生たちの成績をどのように評価しているのですか。

Nelson:大きくふたつあります。まず、すべてのカリキュラムを通じての評価があります。こちらは、科目ごとでの考慮はしません。もうひとつは、コースごとに評価をします。たとえば、上級経済学のクラスをとれば、そこでの学びの目的に沿って評価をします。試験による評価はしません。クラスにおいでどのような発言や行動があったか、またプロジェクトのアサインメントはどうだったかといった観点で評価します。卒業後の社会生活でもそうした点で評価されるからです。
評価は、ルーブリックという目標達成度を評価するための表を使います。「非常に深い洞察を得られている」から「理解していない」までの5段階スケールで評価します。

質問:ITシステムの活用で、教員による評価をサポートしているのでしょうか。

Nelson:そうです。私たちは「アクティブ・ラーニング・フォーラム」というプラットフォームをもっています。そこで教員が学生の評価をします。また学生も、たとえば3年前にとった授業での自分の発言や、それに対する教員の評価などを振り返るといったフィードバックができます。

質問:外部組織と提携するときは、(「アクティブ・ラーニング・フォーラム」のような)学習マネジメントのしくみのみでオペレーションするのでしょうか。教授法の提供などもあるのでしょうか。

Nelson:教授法そのものを提供することはありません。「アクティブ・ラーニング・フォーラム」は、ミネルバ大学の教育を提供するためにあるものです。これにより、アクティブな学びを促すわけです。

質問:ミネルバ大学で使われる学習マネジメントのしくみや教授法は、日本語版でもあるのですか。

Nelson:私たちが開発したものは英語によるものです。ただし、先ほど伝えたとおり私たちはリクルートと協業しており、資料は英語ですが、会話や質疑応答などを日本語でもおこなっています。日本の大学もパートナーとしてミネルバ大学の方式に沿ってカリキュラムをつくれば、そこでミネルバ大学が提供しているような教育ができることになります。

質問:「才能」とは、どのようなものだと思いますか。

Nelson:「自分はこの分野ではほかの人より長けている」といったものがあるのは、みんなわかっていることです。たとえば、私には14歳のおいがいますが、彼は真剣にピアニストをめざしています。その分野での「才能」をもっているからです。私は彼とおなじ14歳のときピアニストをめざしませんでした。ピアノの才能がなかったからです。才能は、その人が能力としてもちあわせたものです。しかし、才能を開花させるには努力が必要です。私のおいもピアノの才能をもつ裏では、1日何時間もの努力をしています。

質問:SDGs(持続可能な開発のための目標)に向けての教育を、どのように考えていますか。

Nelson:SDGsには、たがいに矛盾する目標もあると思っています。たとえば、気候変動の対策をとろうとすることと、貧困を撲滅しようとすることには、対立する点もあります。いかに妥協するかが問われます。教育をするにあたってもおなじようなことがいえます。SDGsには「質の高い教育をみんなに」という目標がありますが、どう定義するか。そういうところは再考する必要があると思います。

【末尾文】
参加者のみなさん、池上先生、そしてネルソンさん、ありがとうございました。今後も日産財団は、早稲田大学Future of Education研究会とのコラボレーションによる研究活動やイベントを展開してまいります。ご期待ください。