思考の「すべ」を使って単元の「本質」を追求する授業、思考力の育成を目指 して――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第21回)神奈川県川崎市立東菅小学校

(手前から)川崎市立東菅小学校の藤中大洋校長先生、松木瑞穂先生。

 子どもたちみずからが学びの見通しをもって授業に臨み、そして学んだことをふり返る――。教師でなく子どもを授業の主体に据えた授業づくりに臨んでいる小学校があります。

 川崎市立東菅小学校は、日産財団理科教育助成にて「見通しとふり返りに視点をおいた理科における思考力の育成」というテーマの研究に取り組み、教科の本質を追究し、授業では話型も活用しながら思考の「すべ」を意識的に採用。これにより子どもたちが見通しとふり返りをおこなう授業を実践しています。同校に対し、日産財団は「第9回 理科教育賞」を贈っています。

 今回、私たちは同校にて校長の藤中大洋先生と、教諭の松木瑞穂先生に、研究の内容を詳しく聞くことができました。理科の単元の本質を「事象には流れがあり、常に変化していく」と定めた実践例や、比較・関係づけ・既習・話型などの思考の「すべ」を活用した実践例などを伺いました。高い意識をもって臨む先生たちと、それに応える子どもたちの姿が浮かんできます。

地域と連携、研究熱心な学校

――学校の特色をお聞きします。

藤中大洋校長先生(以下、敬称略) 地元の菅町会は規模的に大きく、しっかりした組織活動をしておられます。この地域との連携を大切に学校運営をおこなっています。この地域は梨づくりがさかんで、学校内にも梨農園があります。地域の方たちにきていただき、3年生は総合的な学習の時間でいっしょに梨を育てるなどしています。

藤中大洋校長先生。川崎市立の小学校や横浜国立大学附属小学校の教員をつとめ、川崎市総合教育センター指導主事に。この間、国立教育研究所に出向。その後、川崎市立小学校の教頭をつとめ、2019年度より東菅小学校の校長に着任。

――東菅小学校では以前より研究に熱心に取り組んでこられたと聞きます。

藤中 はい。2004(平成16)年度に「学力向上フロンティアスクール」を受けました。いまの研究スタイルの基盤は、2012(平成24)年度に前々任の校長として本校に着任された葉倉朋子先生の代以降に確立しました。2014(平成26)年度、市の思考力育成研究推進校となり、また、2016(平成28)年度からはさらに市の理科研究推進校にもなりました。先生たちの授業力向上が意識的にはかられたものと思います。

子どもたちが主体的に授業に臨めるよう思考力育成を重視

――日産財団理科教育助成による研究「見通しとふり返りに視点をおいた理科における思考力の育成」について伺います。どのような課題意識をもって学校としてこのテーマに取り組むことになったのでしょうか。

藤中 やはり葉倉校長先生の時代が端緒となりますが、当時、子ども中心というより先生中心の授業が展開されており、もっと子どもたちが主体的にいきいきと授業に臨めるようにしていきたいと考えておられたと聞きます。これを教員たちに明確に伝え、授業の改善の必要性を先生たちで共有したのです。

――思考力育成のための学習過程モデルをつくったと聞きます。

藤中 葉倉校長先生がお願いをして、国立教育政策研究所につとめておられた角屋重樹先生(現広島大学名誉教授・日本体育大学教授)からいただいたご助言のもと、先生たちが本質的に問題解決型学習を展開できるようになるためのモデルを学校として構築していきました。

 そして、思考力育成のための手だてとして、「既習事項を生かす」「比較・関連づけをする」「思考の話型を活用する」という三つのポイントを明確化しました。さらに「教科・単元の本質」を追究するなどしてきました。

思考力育成のための学習過程モデル。(資料提供:川崎市立東菅小学校)

 これらの取り組みには、思考の基盤をつくるのは子どもたち自身であるという考えが通底しています。私が校長赴任したのは研究期間後になりますが、研究で確立した問題解決型学習を、いまは理科だけでなく他教科にも当てはめ、進化・発展させようとしています。

教科・単元の本質を追究する

――実践の柱の一つである「教科・単元の本質を追究する」とは、どういったものでしょうか。

松木瑞穂先生(以下、敬称略) 子どもにどんな力を身につけさせたいのかを先生たちが明確にするということです。学習指導要領にあるなにをどう教えるといった事柄に加え、なんのために教えるのかにも目を向け、教科に貫く見方や考え方を先生たちで考えていきました。

 6年生の理科を例にとると、単元は「燃焼のしくみ」「植物の養分と水の通り道」「人の体のつくりとはたらき」「生物と環境」となっています。これら単元の本質を「事象には流れがあり、常に変化し続けていく」と定めました。流れがあるから変化が常に起き、火は燃えるし、人などの生物は生きつづけるといったことや、さらに流れは一方通行のものでなくネットワークのように広がるものであるといった考えを、子どもたちにもってほしいと願っています。

松木瑞穂先生。2006年度より川崎市立小学校の教員。東菅小学校には2017年度に赴任。

藤中 理科、それに算数もそうですが、これらの教科には体系があり、大きな幹に沿って子どもたちは習ったことを関連づけることができます。ただし、それができるのは、先生たちが見方や考え方の幹をもっていてこそです。関連づけできる子どもを育てるには、先生たちが、なんのためにこの授業をしているのかの本質を見抜いておかなければなりません。

 子どもたちが、みずから見方や考え方を統合させるような人に育っていくというのは理想です。学んだことから、子どもたちは最大限の関連づけをするという理想をもって、やっています。

教科・単元の本質を追究する。(資料提供:川崎市立東菅小学校)

思考の「すべ」を授業に取り入れる

――研究では、「思考の『すべ』」とよんでおられるものを授業に取り入れることも実践の柱にしたそうですね。

松木 はい。これが先の「思考力育成のための学習過程モデル」における既習、比較・関連づけ、話型、それに、思考の基盤、基準の明確化、視点の明確化といったものです。子どもたちにこれらを身につけさせて思考力を育成し、見通しとふり返りができるようになることを目指してきました。

 たとえば、4年生理科の「物の体積と温度」の授業で、「空気は温めたり冷やしたりすると体積が変わる」という「思考の基盤」をもっていることを明確化することで、「では水ならどうか。変化するはず」と見通しをもって予想することがができました。これにより子どもたちは自信をもって学習に向かっていけます。

思考の「すべ」を授業に取り入れる。(資料提供:川崎市立東菅小学校)

――思考の「すべ」については、子どもたちに思考を促すために「話型」を教室に掲げているそうですね。

松木 はい。「話型」は、自分の考えを伝えるためのアイテムといえます。子どもたちから出た言葉に対して、「いまのはわかりやすかったよね。これもアイテムだね」と言って、話型に加えてもいます。

「話型」があることで、子どもたちは自分の考えたことについて結論をまず言ってから、自分の立場を明らかにし、説明するといった話し方ができるようになります。

話型の教室掲示。1年生の例。(写真提供:川崎市立東菅小学校)

――研究ではもう一つ、「ふり返りの設定」も明確にされています。

松木 はい。時間の最後や単元の最後にふり返りをします。理解を深めたり、友だちから学んだりして、異なる考えを尊重し、認めあう姿勢につながるものと考えています。

子どもたちが主体的に授業を進める状況を実現

取材チームを交えての集合写真。

――研究の取り組みの成果を伺います。子どもたちにどのような変化が見られましたか。

藤中 全国学力・学習状況調査の成績は比較的高いものがあります。学力の向上を果たせたのは、先生たちの努力のおかげだと考えています。

――子どもたちが主体的に授業に臨めるようになるというもともとの課題意識に対しては、どのような成果が見られますか。

松木 年度や学年によっても異なりますが、高学年では私つまり先生がいなくても、子どもたちが授業を進められるのに近い状況となっています。授業を進める役割を果たすファシリテーターの子や、意見を述べるオピニエーターとよぶ子などがおり、子どもたちは見通しをもって授業を歩んでいるようすを見ることができます。

 先生の出番がどうなるかというむずかしさはありますが、追究した教科・単元の「本質」をもって子どもたちの授業を交通整理するのが役割だと考えています。

――研究により先生たちが得られたことはどのようなことでしょうか。

藤中 教科指導だけにかぎらず、日ごろの生活から子どもたち主体で見るという発想になったと言う先生がいます。委員会や係などでも、先生が前面に立って話すのでなく、子どもたちに考えさせるようになったとの話でした。

松木 思考の「すべ」という思考アイテムの存在を知ることができたのは、私自身の成果でもあります。以前は、教え込むようなかたちで授業をしがちでしたが、この学校にきて子どもたちがつくっていく授業を支えるように変わりました。

――研究でしたことを今後どのように生かしていかれますか。

松木 GIGAスクール構想が導入され、端末機器を使う機会が増えました。これまでの研究と、そうした新しいツールをどうつなげるか試行錯誤しているところです。子どもたちが生きていく力を身につけるにはという視点をつねにもちながら、そのバランスを考えているところです。

藤中 公立小学校は先生がつねに入れ替わっていく場です。けれども研究の内容は受け継がれていくといったことがあっていいと思います。踏襲するとよいところは踏襲し、新たな視点を導入するところは導入する。これまでしてきたことを関係づけしながら、研究を進化・発展させていければと思っています。