物理と世界を軸に「科学するガールズ」を支え育てる--リカジョ賞受賞者に聞く 同志社大学 

第3回日産財団リカジョ賞 準グランプリ

「リケジョサイエンス合宿」

インタビュー:同志社大学 理工学部教授 プログラム世話役 松川真美さん
(実施日:2020年11月24日)

理系に進む女性の数は徐々に増えてきているものの、物理に関わる分野を学ぶ女性はほかの分野にくらべていまなお少ないといえます。また、理系のキャリアでは、世界で活躍する機会が多くあるということも、理系に興味ある中高生世代のみなさんにはあまり知られていません。

女子中高生に対し、小学生のときはもっていたであろう物理への興味をふたたび呼び起こし、世界で活躍する自分のキャリアを意識づけるような年間プログラムを毎年おこなっているのが、同志社大学理工学部です。「科学するガールズ」養成プログラムでは、出前講義、キャンプ、実験体験会、交流会、サイエンスカフェ等を企画し、理系に興味をもつ女子中高生を養成し、支援しています。

この取り組みに対して日産財団は2020年、第3回リカジョ賞において準グランプリを贈りました。1年を通して幅広い活動を組織的・計画的に継続して実施している点などを高く評価してのものです。

今回、私たちは、プログラムの企画や実行を担当している理工学部教授の松川真美さんに、話をうかがうことができました。松川さんはこのプログラムにおいて「物理」と「世界」を意識していることを強調します。また、年間メニューで女子中高生のみなさんに物理をベースとした科学への興味を高めてもらうしくみづくりも紹介してもらいました。

海外とのギャップを課題意識に

――同志社大学理工学部で取り組んでいる「科学するガールズ」養成プログラムは、未来の女性エンジニアや研究者を育成することを目的としていると聞きます。プログラム発足の経緯はどういったものでしたか。

松川真美教授(以下、敬称略) 私は同志社大学大学院を修了し、国の研究機関に勤務したのち、同志社大学に戻り教員をしていますが、理系女子学生の数がなかなか増えないことにいつも課題意識をもってきました。私が工学部にいた1980年代は電気系の1年次生約400人のうち女子は私ふくめ5人だけという状況でした。今は少し増えましたが、まだ1割に届いていません。

一方、海外の学会などに参加すると、女性研究者が3、4割ほどおられることに気が付きます。日本の科学教育・研究の状況には世界の状況と明らかに差があることに疑問をもってきました。

こうした課題意識は私だけでなく、多くの理系の先生たちがもっています。そこで、こうした課題に取り組むため、2016年より「科学するガールズ」養成プログラムを始めることになりました。

松川真美さん。同志社大学理工学部教授。同志社大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程前期修了後、通商産業省工業技術院大阪工業技術研究所にて勤務。博士(工学)。同志社大学工学部専任講師、助教授を経て、2006年より工学部教授。2008年から2012年まで生命医科学部教授。2012年より現職。専門は超音波応用計測。

――理系の分野がさまざまあるなかで、プログラムでは女子中高生たちに「物理」の楽しさを味わってもらうことを意識しているそうですね。

松川 はい。技師や研究者になる女性は増えてはきましたが、進路先として多いのは化学、生物、医療などの分野です。機械工学や電気電子工学、情報工学などの物理をベースとする分野に進む人はいまも多くはいません。

小学生のときは、豆電球が灯ってうれしかったり、風車がなぜまわるのかと疑問をもったりしたと思います。けれども、中学生以降になると「自分は理系に向いていないのでは」となぜか避けてしまう女子生徒が多くなるという話を聞きます。そこで、中学・高校の女子生徒のみなさんがもっと科学を楽しむ楽しむ機会を提供できればと考えたのです。

――プログラムでは、「世界」で活躍するキャリアも意識していると聞きます。

松川 はい。とくに理工系で就職すると、海外工場で生産管理をしたり、海外の技術者と共同研究開発を進めたり、世界を舞台に仕事をする機会が増えるからです。理工学分野にかぎったことではありませんが、理系のみなさんには国際的な活躍が強く求められます。そこでこのプログラムでは国際的な視点を養ってもらうことも重視しています。

出前講義で動機づけし、キャンプへと誘う

――プログラムの内容についてご紹介いただきます。1年を通して、複数の企画を実施していると聞きます。まず春から夏にかけてはどんなことをしますか。

松川 出前講義をしています。関西地区の中学校や高校から依頼をいただき、大学教員が模擬講義をします。講義を手伝うため、大学からは女子の学部生や大学院生も参加します。そこで男女を問わず中高生のみなさんに、ちょっと先輩の女子学生たちが科学実験などを楽しそうにしている姿を見てもらい、理系に興味をもつきっかけづくりをしています。

――女子中高生にとっての夏休みの時期は、どのようなことをしますか。

松川 8月上旬に、女子中高生50名を対象に「ガールズサイエンスキャンプ」を実施しています。理系に興味をもったので飛び込んでみようと思った人たちのためのキャンプです。

――2泊3日のメニューをうかがいます。1日目はどんなことをしますか。

松川 参加者の女子中高生たち、見送りにきた保護者のみなさんも対象に、協力企業の女性エンジニアの方々のお話を聞いていただきます。中高生のころどんなことをしていたか、何を考えていたか、なぜ理系を選んだか等のお話や、現在の状況、例えば仕事と育児の両立など、保護者の方々にも興味深い内容です。

保護者の方々が帰られたあとは、学内で学んでいる女子留学生さんたちに、数学で使う基礎用語の英語表現を講義してもらいます。「2×3=6」は“Two times three equals six.”と読み、「円グラフ」は“Pie chart”と言うんだよ、といった感じです。

キャンプ1日目のようす。女性エンジニアとの交流(左)や、女子留学生との英語でのコミュニケーション(右)(写真提供:同志社大学理工学部、以下も)。

宿泊先は、京都市内の旅館です。中学1年生から高校3年生までが大部屋にバランスよく入るようグループ分けし、大学の女子学生・大学院生にもメンターとして加わってもらいます。グループ内ではすぐ年上の先輩がアドバイスできるような形にしています。皆さんすぐにうち解けて修学旅行のようです(笑)。

――2日目はいかがですか。

松川 宿泊先から大学に移動し、午前・午後にそれぞれ1テーマずつ実験に参加してもらいます。理工学部の各研究室で、ものづくりを楽しんだり、物理の不思議を体感します。エンジンの分解や組立て、音声の解析と再合成、湿度変化と環境変化のかかわりの測定など実験メニューはさまざまです。私の担当テーマでは超音波で骨の計測をしたりします。

夕方は、インターネットで海外とつなぎ、向こうで活躍している同志社大学OGのエンジニア・研究者や、留学中の女子学生などと語りあいをします。

キャンプ2日目のようす。さまざまな実験に臨む。海外にいる女性エンジニアとのインターネットによるリアルタイム交流も(右下)。

――3日目はいかがですか。

松川 プログラムに協力いただいている関西圏の企業を訪れます。これまで、オムロン、椿本チエイン、堀場製作所、ダイハツなど多くの企業に協力していただきました。工場内を見学させてもらったり、女性エンジニアの社員の方にご登場いただき、お話してもらいます。ある会社では、エンジニアの方たちがこれまでの半生がわかるポスターを用意してくださったりもして、毎回熱く語っていただいています。

自分で考えて研究体験する「ガールズサイエンスラボ」も

――夏のキャンプ以降も、企画があると聞きます。

松川 はい。秋に「ガールズラボ」とよんでいる、研究活動の体験会をしています。キャンプの体験からさらに一歩進んで、自分で考えながら実験や研究に臨んでもらうような場です。

また、これは7月ですが、保護者や中学・高校の教員も対象とし、企業の女性エンジニアや研究者と交流していただく「ガールズ応援交流会」を実施しています。オープンキャンパスで保護者の方たちがいらっしゃるタイミングで企画しています。

ほかに、春休み中のプレオープンキャンパスの時期には、中学生や高校1,2年生も大学に来られるので、「ガールズサイエンスカフェ」を開き、女子学生や企業の女性エンジニアと茶話会をします。ここで、夏のガールズサイエンスキャンプの紹介も行います。

「照明によるものの見え方」をテーマに行ったガールズラボの様子(左)。2019年は10月から12月にかけて4回実施した。ガールズ応援交流会の様子(右)。

――多くの活動で、企業の女性エンジニアや研究者が登場されますね。企業からの協力はどう得ているのですか。

松川 同志社大学の理工学部がある京田辺キャンパスは、けいはんな学研都市(関西文化学術研究都市)にあります。このサイエンスシティの建設・整備を進める関西文化学術研究都市推進機構にも共同実施機関ですので、地元にゆかりある企業を紹介していただいています。また同志社大学も様々な企業にOGを輩出しているので、彼女たちにも協力いただいています。

 

「科学するガールズ」養成プログラムの実施体制(資料提供:同志社大学理工学部)。

「理系のことが好きと堂々と言えた」との声も

 

――ガールズサイエンスキャンプをはじめとする企画に参加する女子中高生たちからはどんな感想が聞かれますか。

松川 キャンプをはじめとして各プログラムでアンケートをとると、ありがたいことに9割ほどの参加者から、楽しかったなどの肯定的な反応を得られています。印象に残ったのは、「理系をめざしてる女子は私だけではなかった。科学が好きと堂々と言えた」という感想でした。

キャンプ後、自主的にLINEでコミュニティをつくったりして、関係をつづけている参加者もいます。

――プログラムを通じて改善してきたことはありますか。

松川 初年度のキャンプではもりだくさんにメニューを詰め込みすぎました。2泊3日はかなり長丁場で、低学年の中学生の中で、疲れてしまう参加者もいました。参加者が6学年にわたることを考え、ゆったりしたメニューにするようにしました。

科学するガールズプログラム担当のみなさんと女子学生さんたち(写真提供:同志社大学理工学部)。

――2020年は新型コロナウイルスの影響で、プログラムの変更などもあったのでは。

松川 はい。春学期のほとんどの期間、大学が閉鎖され、この一年は活動がむずかしいかとも思っていました。その後、大学ではオンラインでの授業が始まるなどし、オンラインででなにかできないかと考えるようになりました。

そこで8月に、宿泊キャンプのかわりに、Zoomを用いて「科学するガールズ」オンラインキャンプを開催しました。20名の女子中高生が参加し、実験をオンラインで体験してもらうなど、初めての試みを行いました。昼休みの時間もオンラインで集まり、女子学生もまざって理系についてのぶっちゃけトークをしたりしました。これまでとちがう楽しみ方やつながり方を見出しているところです。

2020年8月8日に実施した「科学するガールズ」オンラインキャンプのようす。「スプレーの不思議! エンジンを知ろう」「エレキギターの原理を学ぶ」「高分子ゲルの不思議」といった実験をオンラインで体験した(資料提供:同志社大学理工学部)。

――今後、どのようにプログラムを展開していきますか。抱負をお聞きします。

松川 一担当者としては、オンラインでキャンプを開催できたことは興味深い経験となりました。実はコロナ問題が起こる前から、東京の大学とコラボレーションしてこのような活動を実施できないかと構想していたところです。コロナにより、多くの方々がオンラインプログラムに無理なく参加できるようになったので、この方向性を広げていくのもいいなと個人的に考えているところです。

――理系分野で活躍する女性が増えていくためには、どんなことが重要だと思いますか。

松川 小学生のとき好きだった理科が、なぜか中学生になると、特に女子だけ自分には向かないと感じるようになってしまう。この変化には、本人たちをとりまく周囲の環境も影響をあたえているのではないでしょうか。保護者のみなさんや学校の先生方の、女子中高生をサポートする気持ちも、これからはもっと大切になるのではと思います。