ハイフレックスな学びとは? 「大学のイマ・ミライ 〜教育編〜」を開催!

日産財団は2020(令和2)年7月21日(火)、オンラインセミナー「大学のイマ・ミライ 〜教育編〜」を開催しました。日産財団が共同研究をしている早稲田大学Future of Education研究会(代表・早稲田大学大学院大学院経営管理研究科教授 池上重輔先生)とともに、学校、教育、学びなどのこれからのあり方について議論を深めあう連続シリーズの第1回目です。

今回は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の影響を受けている大学について、その現状を分かちあうととともに、近未来のあり方が語られました。パネラーは、企業研修や学校経営に精通する池上重輔先生。学校支援事業などをおこなうタナベ経営の教育・学習コンサルティングチームリーダー細江一樹さん。大学教員向け研修を手がけている大阪大学全学教育推進機構准教授の佐藤浩章先生。そして高等教育の政策や大学マネジメントを研究している筑波大学大学研究センター准教授の加藤毅先生(日産財団評議員・選考委員)です。 

「対面から、対面・オンラインと非同期を組み合わせたハイフレックスな講義へ」といった大学教育の新潮流も語られ、議論が深まりました。セミナーの要旨をお伝えします。進行は、名古屋大学学術研究・産学官連携推本部主任URAの小西由樹子さんがつとめました。

池上重輔先生のセミナー「企業と大学の関係性を考察する」

池上重輔(いけがみ・じゅうすけ)先生。早稲田大学大学院大学院経営管理研究科教授。経営戦略やグローバル経営を専門分野とし、企業幹部の教育をするとともに、実家が営む学校の経営をサポートしている。責任者をつとめる早稲田大学Future of Education研究会では、リーダー人材に必要な能力と教育方法の調査研究などに取り組み、報告会などで成果を発信している。

いまは、未来志向での抜本的教育改革のチャンスだと思っています。高等教育とビジネスの視点で、中長期的な未来を語りたいと思います。

大学でオンライン授業をおこなっています。本来は来日予定だがコロナでそれができないので海外からオンラインで参加している学生も、日本にいる学生も参加しています。実験的に、リアルタイムのオンライン講義と好きな時に視聴できるオンデマンドを組み合わせた講義も行っています。リアルタイム参加の意義を際立たせるために、リアルタイムでのオンライン講義では、発言割合を学生8、講師2ほどにして学生の発言機会を多くとり、私との双方向性を高めています。その後、オンデマンド講義を見てもらっています。結果的にこのようなオンライン授業はかなり好評でした。可能性は大きいと感じています。

ビジネスに目を向けると、短期的には分野や企業によって対前年売上比に大きな差がついています。リモートワークや巣ごもり消費の分野での売上がプラスとなった一方、観光業や航空業などではマイナスです。近未来のビジネスは、現時点で企業採用担当者が大学側に伝えている人材要件などを反映したのとはちがうものになる可能性があります。

高等教育をとりまく環境はとくに、世界的に変わっており、日本もその影響を受けています。世界全体では格差が大きくなっているものの、ここ20〜30年で貧困は減っています。また、移動の抑制は続くでしょう。シンギュラリティに見られるような多様な先端技術の勃興もあります。日本には、世界とにた動きをとっている部分と、まったくちがう部分とがあります。中核のない世界となっているなか、日本は世界の仲介者としてのチャンスがあります。

10年前に政府が出した2020年までの成長戦略を見ると、達成しているのは「観光立国の推進」ぐらいのものです。予定どおりに目標が達成されていないのが現状です。
1995年から2015年までの米国、中国、日本の国内総生産の推移を見ると、中国や米国が伸びるなか、日本はフラットなままです。経済成長予測についても同様です。将来、必要なものを買い負けてしまうリスクが大きくなることは認識しておいたほうがよいでしょう。

日本の人口ピラミッドは、いまの大学生が55歳前後となる35年後はどうなるでしょうか。若い世代が細く、高齢者の世代が大きくなる形となります。いまの大学生は将来、こうした各世代を支える必要が出てくるかもしれません。

 個人的な見解を述べると、日本の高等教育は抜本的な変革を迎えるだろうと考えます。これまで均質性を前提に均等を意識してきましたが、多様性を前提に個人差も加わるでしょう。知識重視から考え方も重視したものになるでしょう。調和的なものが、アサーティブなものになるでしょう。また、学校などの再編も起きるでしょう。学校自体が、目的、対象層、プレイヤーなどの見直しを考えなければなりません。

 いまの大学モデルは、入学時に学生が選抜され、パッケージ的に履修をし、4年間で卒業するというものです。しかし、オンラインによって教室や教員のキャパシティが拡張されれば、次の二つの方向性が出てきそうです。

 一つは、超選抜型の大学モデルです。一例としてミネルバ大学は、すべての学生が4年間で7つの国際都市をまわり、現地の企業やNPOと共同プロジェクトに取り組む教育をしています。授業はすべてオンラインでおこなっています。

 もう一つは、超拡張型の大学モデル。マサチューセッツ工科大学のマイクロマスターズという経営学修士課程がその例です。幅広く授業をおこない、一定の成績を修めた受講者を選抜し、少人数の討論授業に出てもらうといった形式です。

 グローバル・リーダーシップに求められるスキル、能力、マインド、資質、知識は多々あります。スキルで言えば上層のシステムスキルから、対人能力、態度や適応性やグローバルマインドセット等。これらは学ぶことが可能です。資質面では誠実さ、謙虚さ、知的好奇心、レジリエンス等です。こうした資質は比較的日本人がもっているものだと思います。スキルを学べば日本人はグローバルでリーダーシップを発揮していけるのではないかと思います。

 

細江一樹さんのセミナー「中高大学などへのコンサルティングを通して、外部から見た教育現場」

 

細江一樹(ほそえ・かずき)さん。タナベ経営 教育・学習コンサルティングチームリーダー。経営コンサルティング本部北海道支社副支社長。2006年に同社入社後、金融機関や士業のアライアンス事業の立ち上げ業務を経て、異動先の北海道支社にて中堅・中小企業コンサルティングに従事。学校などの法人に対するコンサルティングもおこなっている。著書『教育改革を先導しているリーダーたち』(ダイヤモンド社)を2019年8月に出版。

 

私が責任者をしているチームは、教育分野を中心に、中学校、高校、大学などへのコンサルティング事業をおこなっています。外部から見た教育現場のあり方を「イマ」と「ミライ」に分けて報告します。
「イマ」については「46と14」という数をあげます。これは4月15日時点のLINEリ「イマ」を表す数字として「“46”と“14”」という数をあります。これは4月15日時点のLINEリサーチ調べでのオンライン授業の実施割合で、大学で46%、高校で14%とギャップがありました。まだ運用されていないところも多かったといえます。

 また、学校というものの体質が浮きぼりになりました。文科省からも、学校それぞれでオンライン授業に取り組んでほしいという話がありましたが、実際は、まわりの学校のことを気にして実施しない事例がありました。業界として変わっていかなければならないポイントです。
 また、選ばれている学校の特徴も見えてきました。オンラインを活用できている学校は共通して選ばれています。米国のミネルバ大学や、角川ドワンゴ学園が設置したN高等学校などです。

「ミライ」については、これからの変化のスピードは、学校でも企業でも3倍速になっていくものと思います。新型コロナウイルスの影響もあり、今までの変化の仕方ではダメだという考えが背景にあり、ギアが切り替わったと思っています。

 一方で、当たり前だったことを見直すチャンスも増えそうです。この秋お泊まり会をする予定の幼稚園では、これまで1つの布団に3人の園児を寝かせていましたが、教職員が密の問題を議論し、一人ひとりに寝袋を用意して開くことにしたそうです。やめるという判断も間違いではありませんが、やるとなった時どうすればできるかを考える機会が増えたとも捉えられます。学校でのオンライン授業もそれに当たります。

 私たちは、2020年以降はトランスフォーメーションをしていきましょうとよく話しています。変態、つまり形態を変えるということです。居酒屋をはじめ、世の中のビジネスモデルは大きく変わりました。学校でも、教室空間の組み方などを工夫しているところもあります。私たちは変わることを求められているのではないでしょうか。

 最後に、変化の仕方として、制約から変化するのでなく、“未来”を考えて変化したい。未来の視点を置いて、どういう教育を子どもたちに提供しなければならないか。私たちはどう変化しなければならないか。バックキャスティングで考えていきたいものです。

 

佐藤浩章先生のセミナー「大学におけるコロナインパクトと今後」

 

佐藤浩章(さとう・ひろあき)先生。大阪大学全学教育推進機構教育学習支援部・准教授。北海道大学大学院教育学研究科博士後期課程単位取得退学。ポートランド州立大学客員研究員、愛媛大学准教授、キングス・カレッジ・ロンドン客員研究フェローを経て、2013年10月より現職。専門は高等教育開発。大学教員向けの研修や、大学教員をめざす大学院生向け授業、教育・学習にかかわるコンサルティングなどをおこなう。

 

私からは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が大学にあたえた影響と、そこから見える未来の大学について考察します。

まず、「高等教育機関におけるコロナ対応」についてお話しします。

文部科学省調べによると、2020年7月1日の時点で授業で面接と遠隔を併用している大学・高専が約6割でした。遠隔授業のみと合わせると、80%強の学校でオンラインを導入していることになります。また、全面的に面接授業を開始する予定の時期については、検討中が約6割でした。判断しきれない状況が続いています。

大阪大学では、いまも、メディアを使って教室以外で受講させるメディア授業を主体にしています。COVID-19の状況を受け、すぐ取り掛かったのは、先生向けのオンライン授業実践ガイドづくりです。オンライン化のための研修に、先生たちがどんどんアクセスしています。個別支援もおこなっています。

1回生は入学以降、授業がない状況が続きました。そこで、「阪大ウェルカムチャンネル」を開設し、レポートの書きかたや、プレゼンテーションのしかた、人気教員の模擬授業を限定公開でYoutube配信してきました。

始まった授業では、Zoomでのリアルタイム授業をおこないました。学生からは、ディスカッション形式の授業を中心におおむね好評でした。

米国の研究者が、米国で議論されている秋学期以降の15個の「シナリオ」を示しています。「通常への回帰モデル」から「完全な遠隔教育モデル」まであります。各大学はまさに試されています。対面かオンラインかのどちらにするかという二極分化思考に陥りがちですが、さまざまな選択肢があり、宿題を課せられているものと捉えています。

つぎに、「『オンライン授業・課題多い問題』でなにが明らかになったのか」について話します。

コロナ対応の授業では、出される課題が多く「1日3時間しか寝ていない」「宿題が去年の10倍あると感じる」といった学生の声が聞かれます。先生も「授業の準備や採点に忙しくなった」と言います。これは、1単位45時間という国際的な大学設置基準が、これまでの日本では機能していなかったことを示すものです。日本の学生は大学の授業時間以外は学習をしていないという指摘が長らくありました。基準どおりだと週60時間の学習が必要なところ、27時間しか学習していないという調査結果もありました。

今、学生は出された宿題をこなした結果、授業時間外学習が増えているのです。つまり、教員側が宿題を課したり、採点をしたりしてこなかったという問題が露呈してきました。また、このことは学部長や学科長などが、個々の先生の行う授業をどうマネジメントをしてきたのかについても問われることとなりました。

では「ウィズコロナ時代の大学教育のキーワードはなにか」について話します。

「ハイフレックス・モデル」というキーワードがあります。「ハイブリッド」と「フレキシブル」を合わせたもので、「対面」と「同期型(リアルタイム)」さらに「非同期型」を組み合わせた授業の形態を指します。このモデルでは、学生たちはキャンパスでの対面受講か、オンラインでの受講かを選べるわけです。先生としては大変ですが、ハイフレックス型で展開せざるをえない大学も多いのではないでしょうか。

コロナ以前の伝統的モデルでの教育は、教員にとっての個別最適化、あるいは学習者集団への全体最適化がなされるだけでした。しかし、ハイフレックス・モデルでは、学生個人が選択肢も責任ももつものとなり最適化が行われますし、そこへのサポートも必要となります。一方の先生たちは、オンライン教材づくり、アクティブラーニング授業、対学生個別コーチングといった役割分化による協業をしていかなければなりません。

伝統的モデルは対面交流があり人間的であるいう考えもありますが、学生個人に適さないものであったという点から見ると非人間的なところもあり、ハイフレックスのほうが人間的という印象もあります。

 

加藤毅先生からの話題提供「教育ICT革命による大学の解放」

加藤毅(かとう・たけし)先生。筑波大学大学研究センター准教授。東京工業大学大学院理工学研究科助手、筑波大学社会工学系講師、同大学院ビジネス科学研究科講師を経て現職。
研究対象は、高等教育政策や大学マネジメントなど。日産財団では、評議員・選考委員をつとめる。

 

2020年度に入り、大学教育にオンラインによる遠隔授業が突然導入されました。3ヶ月弱を経て、大学教育の現場で何が起きつつあるのか、そしてこれからどのような新たな変化を誘発していくのか。教育社会学の視点から考えてみたいと思います。

これまで当たり前のように享受していた対面授業や充実した課外活動、そして豊かな人間交流が突然休止となり、限定的な遠隔授業を通じて大学教育が継続されるなかで、これまで隠されてきたいろいろなコトが見えてきました。代表的な二点をご紹介します。

一つは、必ずしも必須ではない、言い換えれば過剰であるともいえる付随サービスの存在が顕在化してきました。都心の一等地にある豪華キャンパスや行き届いた福利厚生サービス、近年になり整備が進んだ学修支援システムなど、いまはほとんど利用することが叶わない状況です。それでも大学教育は継続できているのですから、これら付随サービスは必須のものではないと考えるならば、そこからの解放を通じて費用の軽減が可能であることが明らかになりました。

もう一つは、緊急的措置とはいえ、伝統的な制約から大学教育を解放することが可能であるということが実証されました。遠隔教育が全面的に導入されることで、文字通り、大学は地理的制約から解放されます。たとえば、通信教育のような特別な課程に限定されることなく、日本にいながら米国の大学で学びそして学位を取得できることもわかりました。また、適切なサポートさえ提供できれば、受講人数の制限から解放され、これまで否定的に評価されることの多かった大人数クラスを再生させることや、さらにその先には「入学定員」という制約すら相対化されることになります。これらの解放を通じてコストを低減させることが可能であり、このことを通じて学生は、高額の学費からも解放されることになります。国境を含む地理的な制約、教育機会を制限するキャパシティ制約、そして経済的な負担(制約)からの解放。遠隔教育の全面的実施によって、これまで自明とされていた伝統的制約が顕在化したため、図らずも、学習者に対して学びの機会を大きく開放することが可能であることが明らかになりました。

学習者にとっては朗報ですが、遠隔教育が常態化したとき、言い換えれば大学教育のデジタル・トランスフォーメーションがさらに進展すれば、教育を提供する大学には大きな変革が求められることになります。ミライの大学のあり方について、想像力を働かせてみましょう。
 

必須とされている既存の施設・設備やサービスが選択化すれば、大学のビジネスモデルは大きく変わることになるでしょう。遠隔教育の全面導入もまた、学習者にとっての利便性(アクセシビリティ)を大きく高める一方で、大学教育のあり方を大きく変えるはずです。地理的制約やキャパシティ制約からの解放により、これまで細分化されていた市場構造は破壊され、学生獲得競争はボーダレス化しそして国境を越えていきます。厳しい競争に曝された大学は、魅力を高めていくために、例えば世界水準のベストティーチャーによる遠隔授業や、外部事業者による高度の学生支援サービスを積極的に導入せざるをえなくなるはずです。専任教職員が中心となって教育や支援サービスを提供する伝統的な大学が、時代の要請に応える世界の高度事業者が教育や支援サービスを提供する場へと徐々に変容していく、というシナリオです。そのためにはまず、大学設置基準をはじめとする規制の緩和(規制からの解放)が必要になりますが、このことによって大学は、政府からのサポートについても失うことになります。グローバルな大競争時代の到来です。

大学のミライを考えるにあたり、デジタル・トランスフォーメーションのインパクトについて想像力を働かせることで、面白い議論ができるのではないでしょうか。

 

オンライン参加者たちの質問に応えるパネルディスカッション(1)

オンライン参加者のみなさん、それに進行役の小西さんから質問が寄せられ、4人のパネリストがそれらに応える形でパネルディスカッションがおこなわれました。

パネルディスカッションのようす。大学の未来をめぐるオンライン参加者からの質問に対し、多様なビジョンが語られた。


質問
:今後、デジタル技術による教材のオープン化が進むと、自作教材の淘汰も進むのでしょうか。教材のオープン化には、どういうメリットとデメリットがあるでしょうか。

池上(早稲田大学):ベストプラクティスが共有され、教育は底上げされていくと思います。教材の6、7割は共有化されるでしょうが、そこにはまらない多くのことを先生がリアルに教えるようになると思います。

佐藤(大阪大学):分野や大学によると思います。標準化しやすいものとして、医学などの国家試験対策のための授業があります。いっぽう、人文学の教材などは標準化しにくい。学会などで知り合った先生たちが、教材を共有することが広まっていけば、協業もできるし、標準化も進んでいくのではないでしょうか。

細江(タナベ経営):共通で教えるべき部分は、優れた先生が提供するものが共有されていくと思います。各学校の役割は、それによる理解を深めることにあり、そこで先生の創意工夫がなされていくものと考えます。

質問:オンライン授業にうまく適用できた学生がいる一方で、学習意欲や成績が落ちた学生もいます。こうしたなかで、学生へのフォローアップとしては、どんなことがおこなわれますか。

細江:たしかに人によって、オンライン授業とリアル授業それぞれに向き・不向きがあります。私のかかわっている学校では、オンライン対応とリアル対応が並走している状況です。

佐藤:対面では対人恐怖症の学生が、オンライン授業では問題なく受講できたという事例があったり、その逆もあったりします。オンライン化で、問題が多発したわけでもなく、対人間での問題が解消したわけでもありません。各大学のキャンパスライフ支援部署にはカウンセラーもおり、学生への支援の取り組みをしています。

加藤:現在は過渡期にあり、多くの大学はどうすればよいか試行錯誤を重ねています。これからICTを活用したイノベーションが進展し、そして経験が積み上がっていくことで、有効な対応策について意見が収斂していくのではないでしょうか。

池上:オンラインだからこその問題もありますが、リアルのときにも問題はありました。オンラインかリアルかという考えでなく、どう相互補完させるかという観点が大事ではないかと思います。いかにリアルとオンラインのバランスをとっていくかを議論しているいまの私たちは、健全なプロセスの入口にいる気はします。試行錯誤や困難も出てくるでしょうが、ベターな未来への道中にあるのかなという気はします。

質問:コロナ前後で、産学官連携は変化するでしょうか。企業と学生の関係では、変化は見られますか。

池上:変化すると思います。オンラインになることで、産業側の人たちが学生たちに入っていくハードルが低くなります。移動の必要がないため、外部のゲストスピーカーに参加してもらいやすくなった感触があります。接点が増えることで、関係性も変わっていくと思います。

佐藤:大学からすれば、社会人の取り込みはしやすくなると思います。授業の「もぐり」がオンラインではしにくくなったといわれますが、(社会人からの)「この授業だけ受講したい」といったことが認められるようになれば、社会人の大学への参加もより可能となります。

加藤:大学という知識の拠点となる場におけるサービス提供主体として、今後民間事業者が従来以上に活躍しやすくなると思います。教育、研究の両面にわたる産学連携(オープン・イノベーション)の進展を通じて、大学が活性化することが期待できます。

細江:社会人たちがオンラインで学べる機会は、前にくらべると1万倍ぐらい増えた感があります。それにともない、今後も学校と企業の連携などが進んでいくと思います。

 

オンライン参加者たちの質問に応えるパネルディスカッション(2)

セミナー終了時刻後も、延長してパネルディスカッションがおこなわれました。

 

質問:グローバル化により、学問の欧米化が著しくなり、和の知恵が失われている感もあります。グローバル化はどう展開するでしょうか。

細江:海外の教育を受けられる環境は今後さらに整っていきます。親と離れて遠い地まで行かずとも受講できるようになるでしょう。価値観なども加速的に変わっていくことでしょう。

佐藤:留学の意味は、現地に行かなくても語学能力や国際感覚を身につけるという方向へ、変わっていくことでしょう。留学先で日本人同士だけで過ごすような状況にくらべれば、現地に行かずとも同等以上のことを身につけられる方法もあると思います。また、地方から都心に出ることの意味も変わってくるでしょう。都心の大学の学びを地方でもできるのであれば、それでよいという考えは生まれると思います。進学動向に影響をあたえるのではないでしょうか。

加藤:モノのインターネット(IoT)や、情報通信技術(ICT)の社会実装について議論されていることを振り返ると、二つの方向性が見えてきます。一つは、特定地域を対象に、そこでの利便性をいかに高めるかについて考えるものです。もう一つは、リアルからバーチャルな世界への移行であり、そこではリアルな世界に閉じ込められたグローバル化という概念自体が希薄化していきます。移動や対面コミュニケーションがむずかしい状態が続けば、グローバル化でなくバーチャル化のほうに力点が移っていくのではないでしょうか。最大の問題は、バーチャルな世界で今後激化するイニシアチブ争いにおける、日本のプレゼンスの弱さです。

池上:和の知恵が失われることと、グローバル化と、欧米化は、別々のことです。学問の欧米化による影響を、日本はほかの国々ほど受けてはいません。むしろ独自のものもを維持しているほうです。

質問:地方都市に住んでいると、オンラインに時空を超える機能があるとしても、地方と首都圏の経済格差は広がっていると感じます。大学進学さえ考えつかないほど余裕のない家庭もあります。今後、地方分散の可能性はあるでしょうか。

池上:地方の人にも教育機会を安価に提供したいという考えで誕生した「スタディサプリ」という教材の例もあります。オンライン教育は、設備面では今後も進化していくはずです。機器も安くなり、教育を受けることが特別ではなくなっていくでしょう。教育格差を減らしていくことは十二分に可能だと思います。ただし、経済格差については、減らしていくための方法論が複数あり、語りきれません。教育が均衡になると、経済格差が減るということはいえます。

加藤:遠隔教育がさらに進展すれば、地方在住者に対して質の高い教育機会をリーズナブルに提供することが可能になります。ICTを活用することで地理的制約から解放され、世界中の大学とのコラボレーション(大学の地域連携、地域活性化プロジェクト)が可能になります。バーチャル化が進めば、地方分散という概念自体が希薄化すると思われます。

質問:教育内容が均質・均等になっていくと、地方の地元大学が有利になるでしょうか。都会の有名大学が有利になるでしょうか。

池上:両方ありえるし、どちらのムーブメントも起きうると思います。たとえば、北海道の地方都市から、ニュージーランドの大学にアクセスするといった人も出てくるでしょう。

佐藤:地方の私立大学は、早稲田・慶應レベルの大学がコロナ対応に乗じて、地方まで手を広げてくることをおそれています。地方にいながらにして、有名大学のブランドを得られることの魅力を有名大学は国内外に向けて発信しており、取り込み戦略が見られます。

 海外でも、オックスフォード大学やケンブリッジ大学などはコロナへの対応の早さが見られました。こうした大学は、秋冬学期は遠隔授業主体とすることを早期に決断し、この1、2年でインフラ整備を完了させ、ハイフレックスな授業をいつでもどこでも受けられるしくみを築こうとしています。

 地方大学にとって、こうしたことは相当なインパクトになります。バーチャル化してもなおしきれない対面の要素などは、地方大学が売りにするところだと思います。

池上:僕も含め、早稲田大学の教員たちは、COVID-19以前から「生き残れるか」という強い危機感をもっています。海外の大学と戦っていかなければなりません。

加藤:学力トップの意欲ある高校生や大学生の間で、日本の大学で学んでもこれ以上の成長はないとの判断から、海外に出ていくケースが今後さらに増えていくと思われます。世界中からアグレッシブなタレントが集う開放性のある場で切磋琢磨したい、という若者の願いを、最大限に叶えそしてサポートしてあげたいと思います。大学にとどまらず社会全体のあり方が問われる、難しい問題です。

他方、小規模地方大学の経営を立てなおすための手法は、すでに確立しています。ローカル・マーケットに適した人材育成を行うために、そこでの教育内容は特色あるものとなります。学力の高い意欲的な学生を地方大学につなぎとめる方策については、まだ開発されていないように思います。

細江:評価を得るため必要なものは、いまも大学名だったりします。有名大学は首都圏に揃っています。社会の価値観が変わらないと、地域格差はありつづけるでしょう。

【末尾文】
 オンライン参加者のみなさん、パネラーの池上先生、細江さん、佐藤先生、加藤先生、進行役の小西さん、ありがとうございました。今後も日産財団は、早稲田大学Future of Education研究会とのコラボレーションによる研究活動やイベントを展開してまいります。ご期待とご支援をよろしくお願いします。

【コラム見出し】
コラム「大学の起業家プログラム『Tongaliプロジェクト』」

【コラム本文】
進行役の小西由樹子さんより、大学の起業家教育プログラム「Tongaliプロジェクト」の紹介がありました。名古屋大学など東海地区11大学の連合で、学生を対象に起業家人材を育成するプログラムです。起業に興味のある学生たちが「起業家マインドの醸成」「起業知識・スキルの習得」「起業実践」「オープンイノベーション」とステップを踏んで、学んでいきます。「今後は、オンラインとリアルを組み合わせたハイブリッド型の教育や、リモートでの海外研修、また小中高校生への対象拡大なども考えています」(小西さん)