自分たちでつくった教材には「科学的好奇心」を育む力がある――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第10回)宇都宮大学教育学部附属小学校


左から、宇都宮大学教育学部附属小学校校長の日野圭子先生、理科教育の研究活動に携わってきた石川敏子先生、浅川邦彦先生、星義夫先生。

 理科は、子どもたちが自ら問題を認識し、それを解決していこうとする力を育むのにふさわしい教科といえます。そうした力を子どもたちにどのようにつけていくか。この課題に日々取り組んでいる先生も多いのではないでしょうか。

 その手だてとして、「先生たちが自ら教材を開発し、授業で駆使する」ことを実践し続け、効果を上げている学校があります。

 宇都宮大学教育学部附属小学校の理科担当の先生たちは、子どもが主体的に問題解決できる理科の授業をおこなう手段のひとつとして、さまざまな教材を自分たちでつくり、それらを使った授業の進め方を分かちあっています。教材を用いた授業を受けた子どもたちは「昼休みも続けてやっていいですか」と興味を示し、好奇心や意欲が沸き起こっているようです。「子ども主体で問題解決ができる理科授業」の研究に取り組んできた同校に、日産財団は2019年度「第6回理科教育賞」において賞を贈りました。

 今回、私たちは、同校校長の日野圭子先生と、これまで理科を教えてきた3人の先生たちに、改めてお話をお聞きする機会を得ました。先生たちに、何を伝えたいかを意識して教材を準備することの大切さや、先生たち自身が教材づくりや授業を楽しんでいるという実感などについて語っていただきました。

自作教材は自由に使え、改善もしやすい

――はじめに、日野校長先生に宇都宮大学教育学部附属小学校の特色などについてお聞きします。

日野圭子校長先生(以下、敬称略) 宇都宮大学教育学部附属学校園には、私どもの小学校のほか、中学校、特別支援学校、幼稚園もありますが、共通の目指す子ども像として「社会の変化に対応し、未来を創り出すたくましい子ども」を掲げています。現在は、教育学部の先生方とも一緒に、教科ごとの研究プロジェクトを作って、連携研究を進めています。子どもたちは伸び伸びと授業やさまざまな活動に取り組んでいますが、それだけでなく、思いやりや優しさをもって育っていることも感じています。先生方が日々、協力しあい、がんばっている成果と捉えています。


日野圭子校長先生。筑波大学で数学教育学を専攻し卒業。米国留学先で博士号を取得。その後、筑波大学の助手を経て、宇都宮大学へ。現在は、宇都宮大学教職大学院教授。同大学教育学部附属小学校の校長には2016年度に赴任した。

――理科については、どのような教員の体制で臨んでいますか。

浅川邦彦先生(同) 理科を専門的に教える先生が4人おり、それぞれ3、4、5、6年生を担当しています。


浅川邦彦先生。日光市内で14年間、小学校教諭を務めたあと、宇都宮大学教育学部附属小学校へ。同校では2007年度から2016年度までの9年にわたり指導。その間、総合的な学習の時間主任や理科主任、また教育実習主任などを務めた。2017年度から宇都宮大学教育学部准教授。

――理科の先生たちが力を入れてこられたことはどのようなことですか。

浅川 子どもたちの「科学的好奇心」を支えていくことです。科学的好奇心とは、見いだした問題について仮説を設定し、検証と考察をするという問題解決の過程に沿って、自ら解決していこうとする態度のことです。

 この科学的好奇心を子どもたちにもたせるには、子どもたちに「すごいな」という驚きと、「いままで自分が思っていたことのと違うぞ」という“ずれ”を経験させて、科学的な問題解決への内発的動機を引きおこすことが大切だと考えています。

――その「科学的好奇心」を育むための手だてとして、先生たちは「自分たちで教材を開発する」ということを熱心にしてこられたと聞きます。

浅川 はい。この学校の理科では、私が赴任するより前から、ものに直接関わり、五感で感じることをとおして学ぶことを、伝統的に重視していました。

 既製の教材にももちろん利点はあると思いますが、それらは基本的には既製品の「型」に合わせた使い方をしなければなりません。自作教材であれば、より子どもが自由に使ったり、また私たちが改善してつくりかえたりすることができます。失敗作も多くありますが、いろいろ失敗の経験もするなかで、その経験を生かして、光る一つの教材を生みだせればよいという感覚ももってきました。

――自作教材開発をするにあたっての、年間計画のようなものはあるのですか。

石川敏子先生(同) 年4回ある節目に向けて、教材開発をしています。例年、公開研究発表会、校内研究会、それにこれら発表に向けての事前研究会の2回に向けて、教材をつくってきました。


石川敏子先生。宇都宮市内で小学校教諭を務めたあと、2013年度から宇都宮大学教育学部附属小学校へ。生活科主任を経て、現在は理科主任、第3学年主任。

100円ショップの材料を利用し、問題や仮説の設定につながる教材を開発

――実際の教材をご紹介いただきたく思います。先生たちは理科の授業で、問題解決の流れに沿って、子どもたちが自ら「1 問題と仮説を設定する」「2 問題を解決する」「3 考察する」という3段階を、実践内容としてこられたと聞きます。そこでこの3段階に沿って事例を伺います。

 まず、「1 問題と仮説を立てる」に関連して、効果的に使えた教材にはどんなものがありますか。

石川 3年生の単元「風やゴムのはたらき」向けに開発した「トコトコ君」を挙げます。

「1 問題と仮説を設定する」については、子どもたちが感じた「驚き」や「ずれ」から、「なんでこうなったんだろう。科学的に解決したい!」という思いを芽生えさせることを大切にしてきました。そのための教材のひとつが「トコトコ君」です。


3年生「風とゴムのはたらき」の単元での、自作教材「トコトコ君」を使った授業。この単元では、「パタパタ君」と「クルクル君」もつくり、子どもたち各自が興味ある教材を選んで使えるようにした。(写真提供:宇都宮大学教育学部附属小学校)

石川 「トコトコ君」についているゴムをねじると、ねじり方によって、前に進んだり後ろに退いたりします。これにより、子どもたちに「なんで前に進んだんだろう」「今度はなんで後ろにさがったんだろう」「なんですぐ止まったんだろう」といった思いを芽生えさせます。

――開発した理由や経緯はいかがでしたか。

石川 「ゴムをねじる」ことに注目させる教材について調べてみると、紙コップを使ったものは見つかりましたが、紙コップだと耐久性がありません。そこで、加工しやすく耐久性のある材料を探したところ、100円ショップなどに売っている製氷カップが見あたりました。切りこみを入れやすく耐久性もあります。使っていて楽しくなるように、目玉をつけてみました。

――子どもたちの反応はいかがでしたか。

石川 自作教材を使った授業に広くいえることですが、「昼休みまでやっていいですか」と聞いてくる子も現れて、追加の活動をしたりしています。

発芽・成長のようすが伝わる教材で問題解決のしかたを考えさせてから観察

――つぎに「2 問題を解決する」関連では、どのような教材を開発しましたか。

浅川 5年生の単元「植物の発芽、成長、結実」向けに、「寒天コップ」を活用しました。透明なプラスチック製のコップに寒天を入れたものです。寒天培地の簡易なコップ版をイメージしました。


5年生「植物の発芽、成長、結実」の単元での「寒天コップ」を使った授業。記事で紹介した子どもたちが自ら条件を設定し実験方法を考えるためのほか、根が伸び広がっていくようすを、驚きをもって観察することも意図した。(写真提供:宇都宮大学教育学部附属小学校)

浅川 この単元では、「植物の発芽と成長に必要なものは何か」を見いだすことが目標となります。子どもたちに予想させると「空気は必要だよ」「水は必要なんじゃないか」「日光がいるのでは」などの条件が出てきます。それらの予想をいったんすべて肯定したうえで、「どの条件が必要かを確かめるには、どういう寒天コップを準備したらいいかな」と投げかけ、考えさせます。

 たとえば、水と日光の二つの条件があるだけでも「水あり、日光あり」「水あり、日光なし」「水なし、日光あり」「両方なし」の4セットが必要となります。こうして、自分たちの考えで、確かめる方法を考えさせて、実際に寒天コップを使って実験していくわけです。

――寒天コップの教材を開発した経緯はどのようなものでしたか。

浅川 一般的には、シャーレに綿を入れて水を浸し、そこにタネを置くという方法があります。でも、これだと箱で光を遮蔽しているのに、水やりのときには箱をどかさなければならず、光が当たってしまうなどしてしまいます。できるだけ「純粋な条件」を揃えるため、水やりをしなくても水が供給されるしくみをつくれないかと考えました。

「寒天コップ」の発想は、学校の保健室前に貼られていたポスターに、寒天培地の写真があるのを見たことでした。理科にどんな単元があるかを頭に入れておいて、理科の学びとしておもしろい教材はできないかと考えていると、アイデアがひらめいたりします。

育てた「マイ植物」がでんぷんをつくるか、開発した実験系で確かめ、考察に活かす

――「3 考察する」に関わる教材の活用についても、事例をうかがいます。

星義夫先生(同) 6年生の単元「植物の養分と水の通り道」向けに、「光合成を確かめる実験系」を開発しました。子どもが自分で育てている植物が、本当に光合成をしているのかを確かめるための実験系です。


星義夫先生。宇都宮大学教育学部附属小学校では、2010年度から2017年度までの8年にわたり教鞭をとる。それ以前は、大学卒業後、那珂川町の小学校で臨時採用教員を2年、宇都宮市の小学校で教諭を6年つとめる。2018年度から、栃木県総合教育センター研修部の指導主事に。学校教員の研修を担当している。

 この学校では、子ども一人ひとりが自分の好きな植物を鉢植えして育てる「マイ植物」の栽培をしています。教科書には光合成について「植物が光に当たるとでんぷんがつくられる」と記述されていますが、どんな植物も光合成ででんぷんをつくるのか。それを「マイ植物」で確かめる実験です。


6年生「植物の養分と水の通り道」の単元に向け開発した「光合成を確かめる実験系」と、実際の授業のようす。子ども一人ひとりが育ててきた「マイ植物」で光合成を確かめることで、意欲的に実験に取り組ませた。(右写真提供:宇都宮大学教育学部附属小学校)

――実際に実験してみるとどうなるのですか。

 たとえば、双子葉植物ではでんぷんがつくられますが、単子葉植物ではでんぷんはつくられません。シソの赤い葉はでんぷんがつくられますが、アサガオのふ入りの葉のふの部分(白い部分)はでんぷんがつくられません。これらのことから「植物によっては、でんぷんではないなにかができるのか」や「でんぷんがつくられる場所は葉の白い部分以外なのではないか」という考察につながり、植物の光合成について多面的に考え、より妥当な考えをつくりだすことになります。

――この実験系を開発した経緯はいかがでしたか。

 ひとつは、私が大学の教育学部で植物の教育を専攻していたときに、「全ての植物が光合成ででんぷんをつくると考えている人が多いのではないか」と感じたことです。また、この学校の授業で、子どもたちが外に自生している植物の葉ででたたき染めをしたのですが、何度やってもでんぷんが出ない植物がありました。子どもたちが「なんで出ないんだろう」ととても興味をもっていたのも覚えていました。こうしたことから、実験系を開発しようと考えました。

教材を駆使した授業を記録に残し、共有していく

――それぞれの先生が開発した教材を、ほかの先生と共用することも重要な気がします。どのように共用をはかってきましたか。

 開発した教材の作成手順や、先行研究の論文情報、また授業中に撮った写真やビデオなどをデジタルデータとして保存し、理科担当の先生たちのあいだで参照しあえるようにしてきました。

石川 開発した教材の使い方の要点、工夫した点、単元での授業の進め方などを記した「実践事例集」もつくっています。本校の理科の先生たちで共有するほか、公開研究発表会に参加された他校の先生たちにも配布して参照していただいています。


2016年6月に同校が実施した公開研究発表会でも配布した「発見が連鎖する理科授業 実践事例集」。

――教材を駆使した授業の効果をさらに高めるために、何か実践していることはありますか。

 日産財団の理科教育助成により、大型モニタを複数台、また子どもたちが各々使うiPadを2学級分ほど購入しました。教材を使った授業で撮った動画などのデータを、アップルTVに即時に送信し、子どもたちみんながその場で動画を見られるような環境を整えました。2つの実験結果を並べて示してスロー再生したり、他クラスですでにおこなった実験を示したりもできるので、子たちの思考はより深まり、また多面的にもなったものと思います。

「先生も楽しむ」がベースにある教材開発

――いま学校では、教師がみな忙しくなり、授業の準備に充てる時間の確保も課題になっていると聞きます。そうした状況のなか、先生たちは自分たちで教材を開発する時間を費やし、その成果を授業で駆使してこられました。あらためて、その意義や、この記事を読んでいる先生たちに向けてのメッセージをお聞かせいただけますか。

石川 たしかに「教材を自分たちで開発する」という行為は手間暇のかかるものですし、失敗作をつくってしまうこともあります。まずは、自分たちが楽しめる範囲で教材開発をして、子どもたちが「やりたい」とつながるような開発を続けていければと思っています。

 自分でつくった教材を使っているときの子どもたちの反応はとても励みになります。「昼休みも続けていいですか」と言ってくる子どももいたりします。

 先生が「どうやったら伝わるかな」「こうやったらどうだろう」とわくわく、知的好奇心をもってやることが大切だと思います。

浅川 自分たちで教材をつくって使うときも、既製の教材を使うときも共通にいえることですが、先生が「何を伝えたいか」を念頭に置いて、指導に教材を活かせるようにすることが大切だと思います。

 もうひとつは、先生ももっと楽しんでしまっていいのだと思います。実験が思い通りにならないときも失敗と思わずに、むしろ「あれ、どうしてこうなったのかな」と子どもといっしょに試行錯誤すれば、それでよいのだと思います。教材で、先生も子どももおたがいに楽しめたらいいですね。

 先生自身が「これってほんとうにそうだろうか」と思うようなことをきっかけに、教材をつくるということでもよいのだと思います。先生の疑問も解消し、子どもたちの疑問も解消し、みんなで思考を深めていく。こうした過程は苦でなく楽しいものです。先生自身が楽しめれば、子どもにも「科学的に考えることができる理科っておもしろいな」と思ってもらえるのではないかと考えています。


4人の先生と日産財団スタッフ。みなさん、ご協力ありがとうございました。