子どもたちに実感を伴った学びを――「理科教育助成」実施校の先生に聞く(第3回)福島県新地町立尚英中学校


新地町立尚英中学校校長の星健一先生(右奥)と教諭の原理沙先生(左奥)。

「理科教育助成」実施校の先生に聞くの第3回として、福島県新地町立尚英中学校を訪ねました。尚英中学校は、理科教育助成を活用し「ものづくりを通したエネルギー学習」に取り組んできました。この活動により、2016年の「第4回理科教育賞」では賞を受賞してもいます。

 ただ単に座学で知識を得るだけでなく、ものづくりで手を動かす、自分たちの町の未来の姿を考える、人びとの前で成果を発表する。こうしたさまざまな取り組みを通じて、生徒たちは実感を伴った理解や学びを積み重ねているようです。

「ものづくりを通したエネルギー学習」に取り組んだ教諭を代表して原理沙先生に、また校長として理科教育に力を入れる星健一先生にお話をうかがいました。

ものづくりと理科を組み合わせ、
手を動かしながら理解する

――原先生と星校長先生の尚英中学校ご着任までの経歴をそれぞれお聞きします。

原先生(以下、敬称略) 私は福島市で小中高校と過ごし、東北大学農学部に入学しました。大学院進学も考えましたが、大学の授業で畜産をされている人の話を聞いたりしているなかで「知識や物事を伝える仕事もいいな」と思い、教諭を志しました。高校教諭も考えましたが、中体連(日本中学校体育連盟)の体育大会などに惹かれ、中学校の教諭をめざしました。前任校で4年間つとめ、尚英中学校に着任しました。

星校長先生(以下、敬称略) 私は福島県内の相馬市出身で、理科を究めたかったため東京理科大学理工学部に入学し、物理学を専攻しました。福島県の教員採用試験で中学校の教諭となり、30数年になります。日ごろより「理科好きな子どもを育てたい」という思いがありますね。生徒たちの前で「科学マジック」を披露して、「答がわかった人は校長室にいらっしゃい!」などとやっています。

――日産財団の理科教育助成では、「ものづくりを通したエネルギー学習」というテーマで取り組まれましたね。

 私はまだ尚英中学校に着任していませんでしたが、当時の先生たちの「ものづくりを通じて学ばせたい」という意欲が強かったのだと思います。生徒たちが自分で手を動かして学んだことは忘れないものです。自分たちでものづくりをして「おお! 動いた!」となったら、座学では得られない感動を得られますしね。

――「理科×ものづくり」という取り組みはユニークに思えますが、カリキュラム面についてはどうされたのですか。

 総合的な学習の時間と理科を連携させるかたちで取り組みました。私どもの学年には、技術の教科を受けもっている先生が2人いて、さまざまな方向に話が広がっても対応できるという点はありましたね。

――理科にものづくりが組み合わさることで、子どもたちに変化は見られましたか?

 ふだんの理科の授業とは、目線がまったく変わるような子もいますね。「ちょっとここで作業を止めて」と言っても、手が動いてしまうみたいです。手を動かすという経験から学んでいくという過程は貴重だと思います。

 ふだんの座学の成績のさほど優秀でないような子も、生き生きと取り組むような場面が見られました。そういう子にとっては、ものづくりによって理科が楽しくなるのではないかと思いますね。

原先生。部活動ではソフトボール部の顧問をつとめる。部は2018年の隣接県交流大会で優勝を果たすなど強豪。

「自分たちの町の未来」を考えるというリアルな学び

――「エネルギー学習」というテーマを設けた理由をお聞きします。

 この新地町も、東日本大震災による大きな影響を受けました。やはり震災の話は自然と出てきます。原子力発電所事故の問題も生じたため、エネルギーに視点・関心が集まります。

 3年の理科の教科書には火力発電や水力発電などのことが載っていますが、学年の先生たちとは、既存のエネルギーだけでなく、未来を担う再生可能エネルギーについても理解を深めていきたいと話してきました。

――具体的に、どのように「エネルギー学習」を進めてこられたのでしょうか?

 初年度は、気化したアルコールに引火させて空き缶を飛ばしてエネルギーについて学んだり、火力発電装置をつくったりしたと聞いています。その後は、ただ「ものづくりって楽しいね」ということで終わらせるのでなく、生徒たち自身の実生活にも活かせるような取り組みにシフトしていきました。

 最終的には「新地町の未来を自分たちで考える」ということで、学習を進めていきました。「自分たちが暮らす新地町では、どこで太陽光発電が使えるか。どこで熱発電装置が使えるか」と、考えていくわけです。

 総合的な学習の時間については、町内の3小学校とも連携し、計9年間を通じて「地域」を題材とした学習を続けています。「新地町の未来をどうしていくか」といったことを、エネルギーの課題と絡ませながら考えることができていると思います。


星校長先生。毎日の生徒たちの活動ぶりをブログ形式のホームページ「校長室から」でも伝える。修学旅行のようすなどもこまめに伝え、保護者たちも安心。

 学校にペルチェ素子があって、前任の先生がペルチェ素子を用いた発電について学習することを考えました。「新地町の未来」につなげるのはむずかしかったですが、最終的には、「温度差を利用して発電することができる」といった理解まで進みました。


ペルチェ素子を用いた熱電発電装置づくりのようす。(写真提供:新地町立尚英中学校。以下も)

――それと、自転車発電機をつくって、子どもたちが自分で漕いで発電したそうですね。

 はい。「自転車発電」については、自転車通学する生徒が多く、私自身も自転車好きということもあり、やってみました。「町にスポーツジムをオープンさせて、そこでお客さんにフィットネスバイクをたくさん漕いでもらって、発電させたらどうか」といったアイデアを出す子もいましたね。

 実際に自転車を漕いでみて「自転車で発電するのはこんなにたいへんなんだ」とも感じたみたいです。


自転車発電機をつくって、自分たちで漕いで発電量を調べる。「うーん、ほかの発電方法より発電量が小さいぞ……」

――町には、太陽電池を設置している家も見られますが、取り組みでは模型のソーラーハウスをつくったそうですね。

 はい。みんな一律におなじソーラーハウスをつくっても単調なので、春夏秋冬それぞれの季節で太陽光パネルの最適設置角度を調べて、その角度で屋根を設計し、ハウスをつくるようにしました。

――夏のハウスの屋根の最適設置角度は8.1°ですが、冬は58.5°。こんなにも差が出るのですか。

 ええ。本格的な天体の学習をするのは3年になってからなので、1年生たちは「なんで冬のハウスの屋根は、こんなに急な角度になるんだろう」と驚いていました。春、夏、秋、冬のどれか一つの季節だけに最適な屋根を設計すると年間では不利益になるから、実際の太陽電池付きの家の屋根の角度は決まってくる、といったことを理解したみたいです。


ソーラーパネルを用いたソーラーハウスづくり。日射量データベース閲覧システムを参考に最適傾斜角度を求めて設計し、製作した。春夏秋冬で角度が大きく異なる。

 こうした経験は、3年になって天体の学習をするとき「そういえば1年のとき、屋根の角度が夏と冬でずいぶんちがってたよね」と言って、太陽高度の説明に入れば効果的になりますね。

保護者・地域住民たちを前に
学びの成果をステージ発表

――子どもたちが成果を発表する場も充実させたそうですね。

 文化祭で成果の展示や発表をしました。ソーラーハウスも文化祭で展示しました。見に来てくださった保護者や地域の方々も感心していました。「すごいことやっているんだね」と声をかけてもらうことで、子どもたちは自尊心をもったと思います。

 自転車発電装置の実演も、体育館の舞台でおこないました。

 理科の教諭だけでなく学年主任はじめ学年の先生方全員で取り組んだことで、発表も文化祭でやろうといったことになりました。3年生の合唱コンクールを同時開催するので、保護者や地域の方々もお越しいただけました。


文化祭でのステージ発表のようす。

――生徒たちの発表のようすなどはいかがでしたか?

 新地町は、ICT(情報通信技術)活用教育を積極的に進めていることもあり(下のコラムも参照)、パワーポイントなどのツールを使うのは上手でしたね。投影にアニメーションの効果を入れたり、画面の切り替えタイミングをよく検討したり。「伝える」ということはこれからの社会で重視される部分なので、大人になってからも活きてくるのではと思います。

――子どもたちがデザインする「新地町の未来」は、実際の町づくりにも活かされるといいですね。

 ええ。その点、新地町の職員の方々が、積極的に中学生たちの意見を伺おうとしてくださっています。今日(取材日)も、体育館で「新地駅周辺まちづくりについての出前講座」を行い、新地町のスマートコミュニティ事業を担当している職員の方が、「新地町の未来」について中学生から意見を聞きたいということでおいでいただきます。

 「新地町の未来」を担っていくのは、彼ら・彼女たちです。町の復興計画とリンクさせて考えることは、子どもたちにとってよい機会になったと思います。

●コラム:ICTで支え、町再建の意見に耳を傾ける

 尚英中学校を訪れたあと、私たちは新地町役場も訪ねました。2016年9月に日産財団の「第4回理科教育賞」の賞状と盾を、役場で星先生や原先生に授与して以来、久々の訪問です。教育長の佐々木孝司さんと、指導主事兼社会教育主事の伊藤寛さんが出迎えてくださいました。


2016年9月の新地町役場での賞状・盾贈呈式。左から2人目が教育長の佐々木孝司さん。尚英中学校の取り組みを「自転車で発電に挑むといった素朴な取り組みはいいですね。さらにアイデアを加えて、エネルギー活用の可能性を導き出していくことに期待しています」と評価します。

 本編のお話にもあったとおり、新地町はICTを活用した教育に力を入れています。東日本大震災の前年にあたる2010年から、町内の3小学校と尚英中学校の全校に電子黒板や1人1台のタブレット端末を配布。また、2013年に佐々木さんが教育長に着任すると、ICT担当の指導主事やICT支援員を継続して配置するなど、マンパワーの点でも充実をはかりました。


役場にて、東日本大震災で失われた地区を再現したジオラマを説明する伊藤寛さん。「震災から間もなくは、尚英中学校が避難所と学校を兼ねていた時期もありました。ICT活用で学力の回復・向上という課題に向き合うなか、日産財団の理科教育助成を受けることができました」

 2011年の東日本大震災では、新地町も甚大な被害を受けました。犠牲者は119人、被災家屋は630世帯にのぼります。津波の影響で町全体の5分の1が浸水しました。町は、2012年と2015年に復興計画を発表。「やっぱり 新地がいいね」「自然輝き 笑顔あふれる 町再建」を基本理念に掲げます。今後も続いていく町の復興。尚英中学校の子どもたちの意見にも積極的に耳を傾けています。